1924年の移民法(ジョンソン=リード法) ― 2025年05月25日 08:18
【桃源閑話】 1924年の移民法(ジョンソン=リード法)
✅1924年の移民法(ジョンソン=リード法 *)は、国家起源の割当制度(*1)により、米国への入国を許可される移民の数を制限した。この割当は、1890年の国勢調査時点での米国における各国籍の総人口の2%に移民ビザを付与するというものであった。アジアからの移民は完全に排除された。
大統領クーリッジによるジョンソン=リード法の署名
識字テストと「アジア排除帯」
1917年、米国議会は初めて広く制限的な移民法を制定した。第一次世界大戦中の国家安全保障に関する不確実性が、議会によるこの法案の可決を可能にし、それは1924年法への道を開くいくつかの重要な条項を含んでいた。1917年法は、16歳以上の移民にどの言語でも基本的な読解力を示すことを要求する識字テスト(*2)を導入した。また、新規移民が到着時に支払う税金も増加させ、移民当局により多くの裁量権を与えて、誰を排除するかについての決定を下せるようにした。最後に、この法律は、日本人とフィリピン人を除く地理的に定義された「アジア排除帯」で生まれた者の入国を排除した。1907年、日本政府は紳士協定により、米国への日本人移民を自主的に制限していた。フィリピンは米国の植民地であったため、その市民は米国国民であり、米国に自由に渡航できた。中国は排除帯に含まれていなかったが、中国人はすでに中国人排斥法により移民ビザを拒否されていた。
移民割当
識字テストだけでは、ほとんどの潜在的な移民の入国を阻止するには不十分であったため、議会議員は1920年代に移民を制限する新しい方法を模索した。移民の専門家であり、バーモント州選出の共和党上院議員ウィリアム・P・ディリンガムは、移民割当を創設する措置を導入した。彼はその割当を、1910年の国勢調査に記録された米国における各国籍の外国生まれの総人口の3%に設定した。これにより、新規移民に毎年利用可能なビザの総数は35万人に達した。しかし、西半球の居住者にはいかなる種類の割当も設けなかった。ウィルソン大統領は、より自由な移民政策を好み、この制限的な法案に反対したため、ポケット拒否権を行使してその可決を阻止した。1921年初め、新たに就任したウォーレン・ハーディング大統領は、議会を特別会期に招集してこの法律を可決させた。1922年には、この法律はさらに2年間更新された。
上院議員ウィリアム・P・ディリンガム
1924年に移民に関する議会での議論が始まったとき、割当制度は非常に確立されており、それを維持するかどうかを疑問視する者はおらず、むしろどのように調整するかについて議論された。割当を引き上げ、より多くの人々の入国を許可することを主張する者もいたが、制限の推進者が勝利した。彼らは既存の割当を外国生まれの人口の3%から2%に引き下げる計画を策定した。また、割当計算の基準となる年も1910年から1890年に変更した。
割当のもう一つの変更は、割当計算の基礎を変更したことである。割当はこれまで、米国国外で生まれた人々の数、すなわち米国にいる移民の数に基づいてきた。新しい法律は、米国人口全体、つまり生まれながらの市民を含む全ての起源を追跡した。新しい割当計算には、家族が長年米国に居住していた多数の英国系の人々が含まれた。その結果、イギリス諸島と西ヨーロッパからの個人に利用可能なビザの割合が増加したが、南ヨーロッパや東ヨーロッパなどの他の地域からの新しい移民は制限された。
1924年の移民法には、人種または国籍によって市民権を得る資格がない外国人の入国を排除する規定も含まれていた。1790年および1870年からの既存の国籍法は、アジア系の血統の人々を帰化から排除していた。結果として、1924年法は、これまで移民を阻止されていなかったアジア人、特に日本人でさえ、もはや米国に入国できなくなることを意味した。日本の多くの人々は、この新しい法律に非常に憤慨し、それは紳士協定の違反であった。日本政府は抗議したが、法律はそのまま残り、両国間の既存の緊張が高まった。緊張が高まったにもかかわらず、米国議会は国の民族構成を維持することが、日本との良好な関係を促進することよりも重要であると判断したようであった。
この法律の制限的な原則は、一部のヨーロッパ諸国との関係も緊張させる可能性があったが、これらの潜在的な問題はいくつかの理由で現れなかった。1930年代の世界恐慌、第二次世界大戦、そして米国移民政策の厳格な施行が、ヨーロッパからの移民を抑制する役割を果たした。これらの危機が過ぎ去ると、1948年と1950年の避難民再定住のための緊急規定が、米国が新しい移民法をめぐる紛争を回避するのに役立った。
全体として、1924年の移民法の最も基本的な目的は、米国の同質性の理想を維持することであった。議会は1952年にこの法律を改正した。
(*)1924年の移民法(Immigration Act of 1924)は、アメリカ合衆国議会で成立した移民制限法であり、主に「ジョンソン=リード法(Johnson-Reed Act)」という通称で知られている。この名称は、法案を提出・推進した下院議員アルバート・ジョンソン(Albert Johnson)と上院議員デイヴィッド・リード(David Reed)に由来する。
1.ジョンソン=リード両議員の役割
・アルバート・ジョンソン(下院議員)
移民法案の起草と推進の中心人物であり、下院移民・帰化委員会の委員長として強力に法案成立を主導した。
・デイヴィッド・リード(上院議員)
上院側の主要な提案者であり、移民制限の枠組みやクォータ制(国別割当制)の設計に大きく関与した。
2.彼らが推進した法案の特徴
・1890年国勢調査を基準に、各国からの移民の年間上限(クォータ)を設定し、特に東欧・南欧・アジアからの移民を大幅に制限または排除した。
・アジア諸国からの移民は、割当数ゼロや非クォータ移民からの除外などによって、事実上全面的に禁止された。
・アメリカ社会の「人種的純粋性」維持や、既存の排外主義的世論を反映した内容となっています。
まとめ
ジョンソン=リード両議員は、1924年移民法の成立とその厳格な移民制限政策の実現に中心的な役割を果たした。この法律は、彼らの名を冠して「ジョンソン=リード法」と呼ばれ、アメリカの移民政策に大きな影響を与えた。
(*1)「国家起源の割当制度」
国家起源の割当制度とは、主に1924年の移民法(ジョンソン=リード法)によって米国に導入された移民制限政策のことである。この制度は、米国に入国を許可される移民の数を、その出身国に基づいて制限することを目的とした。
具体的には、以下のような特徴を持つ。
・割当の計算基準: 割当は、1890年の国勢調査時点での米国に住む各国籍の総人口の2%に設定された。これは、その時点での米国人口の民族構成を維持することを意図しており、主に西ヨーロッパ・北ヨーロッパからの移民を優遇するものであった。
・アジアからの移民の排除: 1924年法では、人種や国籍によって市民権を得る資格がない外国人、特にアジア系の移民が完全に排除された。これは、1790年や1870年の国籍法がアジア系の人々を帰化から排除していたことによるもので、日本人も紳士協定に違反する形で入国を阻止された。
・識字テスト: 1917年の移民法で導入された識字テストも、この制度の前身として移民制限に貢献したが、それだけでは不十分とされ、割当制度へと移行した。
目的: この制度の最も基本的な目的は、米国の「同質性」を維持すること、つまり、主に北欧・西欧からの移民を奨励し、南欧・東欧、そしてアジアからの移民を制限することで、米国の民族構成を変えずに保つことにあった。
この制度は、1965年の移民法改正まで続いた。
(*2) どの言語でも基本的な読解力を示すことを要求する識字テストとは、1917年のアメリカ合衆国移民法によって導入された規定である。これは、米国への移民を制限するための最初期の広範な措置の一つであった。
このテストの主な特徴は以下の通りである。
・対象者: 16歳以上の移民に対して適用された。
・内容: 特定の言語に限定されず、「どの言語でも」基本的な読み書きの能力があることを要求された。これは、移民が自分の母語で読み書きができればよいという意味で、必ずしも英語の能力を問うものではなかった。
・目的: 明示的な目的は、文盲の移民の流入を防ぐことであったが、実質的には、当時の米国社会で好ましくないと見なされていた特定の地域(特に南ヨーロッパや東ヨーロッパ)からの移民を制限する手段としても機能した。識字率が低い地域からの移民が、このテストによって排除されることが期待されたのである。
・限界: この識字テストだけでは、潜在的な移民の多くを阻止するには不十分であったため、その後、より厳格な制限策として1924年の移民法における「国家起源の割当制度」が導入されることになった。
この識字テストは、後のより包括的な移民制限法への道を開いた重要な一歩として位置づけられる。
「どの言語でも」という表現は、特定の言語に限定されない、という意味である。
つまり、1917年の移民法で導入された識字テストにおいて、移民は母国語であっても、他のどんな言語であっても、読み書きの基本的な能力があれば合格とされたということだ。英語の読み書きができる必要はなかった。
これは、たとえば以下のような状況を指す。
・イタリア語が母語の移民なら、イタリア語で新聞を読んだり、簡単な文章を書いたりできれば良い。
・ドイツ語が母語の移民なら、ドイツ語で同様の能力を示せば良い。
・日本語が母語の移民なら、日本語でそれができれば良い。
この規定は、英語能力を直接問うものではなく、あくまで一般的な識字能力を測るためのものであった。しかし、識字率が低いとされる地域からの移民を間接的に制限する効果はあったとされている。
✅「1924年移民法(Immigration Act of 1924)」の内容の要約とポイント
1924年移民法(ジョンソン=リード法)概要
成立日: 1924年(第68議会、セッションI、チャプター190、153-169ページ)
主な目的
米国への移民の数を制限し、その他の目的のために制定された法律。
主な条文と内容
1. 移民ビザの発給(Sec. 2)
・移民ビザは、在外米国領事が申請者に対して発給。
・ビザには国籍、クォータ制該当か否か、有効期限などが記載される。
・写真2枚の提出が必要。
・ビザの有効期限は最長4ヶ月。
・入国時にビザは移民局に提出し、記録される。
・不適格者にはビザ発給不可。
2. 「移民」の定義(Sec. 3)
・米国外から米国を目的地とする外国人を「移民」と定義。
・例外:政府関係者や観光・商用の一時訪問者、通過者、船員など。
3. 非クォータ移民(Sec. 4)
・米国市民の配偶者や18歳未満の未婚の子、カナダ・メキシコ等特定国生まれの者、宗教者や学生などが該当。
4. クォータ移民(Sec. 5)
・非クォータ移民以外の全ての移民。
5. クォータ内優先順位(Sec. 6)
・米国市民の近親者や農業技能者などに優先枠。
・優先枠は各国クォータの50%まで。
6. ビザ申請手続き(Sec. 7)
・申請書に詳細な個人情報、家族情報、目的、過去の犯罪歴や精神疾患歴などを記載。
・必要書類(出生証明書等)の提出。
・申請手数料1ドル。
7. 非クォータビザの発給(Sec. 8)
・該当者には証明書類に基づき非クォータビザを発給。
8. 親族へのビザ発給(Sec. 9)
・米国市民が親族のために申請し、承認された場合にビザ発給。
歴史的背景と影響
・人種・国籍別クォータ制を導入し、特に南・東ヨーロッパやアジアからの移民を大幅に制限。
・1890年の国勢調査を基準に、各国ごとの年間移民枠を設定。
・アジア系移民はほぼ全面的に排除(例外的にフィリピンなどを除く)。
・1965年の移民法改正まで、米国の移民政策の基礎となった。
まとめ
・1924年移民法は、米国への移民を厳しく制限し、特定の国・人種への排除を目的とした歴史的な法律である。クォータ制やビザ発給手続きの厳格化など、現代の移民管理の原型となった重要な法令である。
✅1924年移民法(ジョンソン=リード法)への批判について
1924年移民法への主な批判
1. 人種差別的な内容
・人種・国籍による制限
1924年移民法は、特に南・東ヨーロッパやアジアからの移民を大きく制限し、北・西ヨーロッパ系の移民を優遇した。
その結果、「白人アングロサクソン系」の人口構成を維持しようとする意図が明確であり、アジア系移民はほぼ全面的に排除された。
・アジア系排除条項
「アジアからの移民は認めない」という条項(*1)は、明らかに人種差別的であり、当時のアジア諸国から強い抗議が寄せられた。
2. アメリカの多様性への逆行
アメリカは「移民の国」として発展してきたが、この法律は多様な文化や人材の流入を妨げ、国の活力や創造性を損なうとの批判があった。
特定の民族・国籍の人々を排除することで、アメリカ社会の多様性や公平性に反するという指摘がなされた。
3. 家族の分断
厳格なクォータ(割当)制によって、すでにアメリカにいる移民の家族が呼び寄せられなくなり、多くの家族が長期間にわたり離ればなれになった。
4. 国際関係への悪影響
アジア諸国、特に日本からは「排日移民法」として強い反発が起こり、日米関係の悪化を招いた。
アメリカが掲げる「自由と平等」という理念と矛盾するとの国際的な批判もあった。
5. 科学的根拠のない「優生思想」の影響
法律制定の背景には、「特定の民族はアメリカ社会に適さない」という優生思想や偏見があり、これが公的な政策に反映されたことも強く批判された。
6.歴史的評価
1965年の移民法改正(ハート=セルラー法)によって、この人種・国籍に基づくクォータ制は廃止され、より公平な移民制度へと転換した。
現在では、1924年移民法はアメリカ史上最も差別的な移民法の一つとされ、負の歴史として語られている。
特定の人種・民族や宗教を排除する傾向が強く、歴史的な排外主義の系譜に連なるものである。
7.国民世論の動員と分断の深化
1924年当時、移民排斥の世論は政治的動員の道具として利用され、社会の分断を深めた。トランプ政権も、不法移民問題を強調し、移民に対する恐怖や不満を煽ることで支持基盤の結集を図った。現代においても、移民政策はアメリカ社会の分断を象徴する争点となっている。
8.法制度の連続性と変化
1924年移民法は、その後の1952年移民及び国籍法などを通じて現代の移民制度の基礎を築いた。トランプ政権の移民政策も、現行法の枠組みの中で実施されており、制度的な連続性が認められる。一方で、トランプ政権は大統領令を多用し、議会の承認を得ずに政策を強行する手法が特徴的である。
9.影響と現代社会への示唆
1924年移民法がアメリカ社会にもたらした最大の影響は、移民の多様性喪失と社会的分断である。アジア系移民の排除は、アメリカ社会の「多様性」という価値観を大きく損なった。トランプ政権の移民政策もまた、移民やマイノリティに対する差別や偏見を助長し、社会的対立を激化させている。
また、移民政策の厳格化は、経済や労働市場にも影響を及ぼしている。アメリカ経済は長らく移民労働力に支えられてきたが、移民制限政策は人手不足や経済成長の鈍化を招く懸念が指摘されている。
さらに、移民政策は国際関係にも波及する。1924年移民法が日米関係に悪影響を与えたように、現代の排外的政策も国際社会からの批判や外交摩擦を引き起こしている。
総括
1924年移民法と現トランプ政権の移民政策は、時代背景や具体的な政策手法の違いはあるものの、「排除」の論理と社会分断の深化という点で明確な連続性を有している。アメリカ社会における移民問題は、単なる労働力の受け入れや治安維持の問題にとどまらず、「誰がアメリカ人であるか」「多様性をどう受け入れるか」という根源的な問いを突きつけている。1924年移民法の歴史的教訓は、排外主義がもたらす社会的・国際的分断の深刻さを示している。現代のトランプ政権の移民政策もまた、同様のリスクを孕んでおり、アメリカ社会が今後どのような価値観と方向性を選択するのかが問われている。
移民政策は、国民国家のアイデンティティと多様性の共存という難題に直面している。過去の排外政策の反省を踏まえ、より包摂的で持続可能な社会の構築が求められる時代にあるといえよう。1924年移民法と現トランプ政権の政策を比較することで、現代社会が直面する課題と、今後進むべき道筋が浮かび上がるのである。
(*1)1924年移民法(ジョンソン=リード法)には、「アジアからの移民は認めない」という明示的な条項が存在する。この法律の全文には、直接的な表現で「アジアからの移民を排除する」といった文言は見当たらないが、実際には次のような仕組みでアジア系移民が排除されていた。
国別割当制(クォータ制)
この法律は、各国からの年間移民数を「1890年国勢調査」に基づいて割り当てる制度を導入した。しかし、アジア諸国(特に日本、中国、韓国など)はこの割当の対象外とされ、事実上ゼロ、つまり「移民を認めない」状態となった。
非クォータ移民の規定
第4条では、カナダ、メキシコ、中南米諸国など特定の国出身者は非クォータ移民として認められているが、アジア諸国は含まれていない。
既存の排華法との連動
当時すでに中国人排斥法(Chinese Exclusion Act)など、アジア系移民を排除する法律が存在しており、1924年移民法はそれをさらに強化する形となっている。
「帰化不能外国人」の排除
1924年移民法は、既存の移民法(特に1917年のアジアバンゾーン法)と連動し、「帰化が認められない外国人」(すなわちアジア系)の移民申請を拒否する仕組みを維持している。
このように、条文上は国名や「アジア人」という語を直接使わず、国別割当の仕組みと既存の法律を組み合わせることで、アジアからの移民を事実上全面的に排除する内容となっている。
要約すると、「アジアからの移民は認めない」という条項は、割当数ゼロや非クォータ移民からの除外、既存の排斥法との連携によって実現されている。
✅1924年の移民法(ジョンソン=リード法)と各大統領の政策・対応
1.1910年代
ウッドロウ・ウィルソン大統領(任期: 1913年 - 1921年)
1917年 移民法(Immigration Act of 1917) 制定
・第一次世界大戦中の国家安全保障への懸念を背景に制定された。
・識字テストの導入: 16歳以上の移民に対し、どの言語でも基本的な読解力を示すことを要求した。
・「アジア排除帯(Asiatic Barred Zone)」の設定: 特定の地理的区域(主にアジアの一部)から生まれた者の入国を排除した。ただし、日本の移民については1907年の紳士協定により自主的に制限されていたため、明示的な排除は避けた。フィリピンは米国の植民地であったため、市民は米国国民として自由に渡航できた。中国人はすでに中国人排斥法により排除済みであった。
・ウィルソン大統領は、1921年にウィリアム・P・ディリンガム上院議員が提案した割当制を導入する法律案に反対し、ポケット拒否権(*1)を行使してその成立を阻止した。彼はより自由な移民政策を志向していた。
2.1920年代
(1)ウォーレン・ハーディング大統領(任期: 1921年 - 1923年)
1921年 移民法(Emergency Quota Act of 1921) 制定
・ウィルソン大統領が拒否した割当制の導入を目指し、ハーディング大統領は就任後、特別会期を招集してこの法律を成立させた。
・割当制度の導入: 各国籍の外国生まれの人口の3%を上限とする割当を導入した。基準は1910年の国勢調査であった。これにより、年間総ビザ数は約35万人に制限された。
・西半球からの移民には割当が適用されなかった。
・この法律は当初1年間有効とされ、1922年にはさらに2年間延長された。
(2)カルビン・クーリッジ大統領(任期: 1923年 - 1929年)
1924年 移民法(Immigration Act of 1924, Johnson-Reed Act)制定
移民制限をさらに強化する動きが議会で優勢となり、クーリッジ大統領がこの法律に署名し、成立させた。
・割当の強化: 既存の割当を3%から2%に引き下げた。
・基準年の変更: 割当計算の基準となる国勢調査の年を、移民の増加が顕著になる以前の1910年から1890年に変更した。これにより、南ヨーロッパ・東ヨーロッパからの移民はさらに厳しく制限され、英国や西ヨーロッパからの移民が優遇される形となった。
・アジアからの移民の完全排除: 「人種または国籍によって市民権を得る資格がない外国人」の入国を排除する条項が盛り込まれた。これにより、特に日本からの移民が完全に禁止された。これは日米紳士協定の破棄を意味し、日本政府の強い抗議を招き、両国間の緊張を高めた。
・この法律の目的は、米国の「同質性」を維持すること、すなわち民族構成を固定化することにあった。
3.1930年代
ハーバート・フーヴァー大統領(任期: 1929年 - 1933年)
・1929年の世界恐慌の勃発により、移民の流入は経済的要因によって自然に減少した。フーヴァー政権下では、1924年法の厳格な施行が続けられたが、大規模な追加の移民制限法は制定されなかった。むしろ、恐慌の影響で、移民の帰還(自主的・強制的にかかわらず)が増加した。
4.1940年代
(1)フランクリン・ルーズベルト大統領(任期: 1933年 - 1945年)
・第二次世界大戦中、移民政策は戦時の緊急事態と安全保障の懸念によって強く影響を受けた。
・1942年 大統領令9066号: 日系アメリカ人(および一部の日系移民)の強制収容を命じた。これは移民法とは直接の関係はないが、民族的背景に基づく差別的な政策の一環として特筆される。
・1943年には中国人排斥法が廃止されたが、これは日中戦争における中国との同盟関係を強化する意図があった。しかし、その後の移民割当はごく少数であった。
(2)ハリー・S・トルーマン大統領(任期: 1945年 - 1953年)
・第二次世界大戦後、ヨーロッパで発生した多数の「避難民(Displaced Persons)」への対応が喫緊の課題となった。
・1948年 避難民法(Displaced Persons Act of 1948): 戦後の避難民を米国に入国させるための特別措置法。
・1950年 避難民法改正(Displaced Persons Act of 1950): 1948年法の適用範囲を拡大し、より多くの避難民を受け入れた。
・これらの緊急措置は、1924年法の厳格な割当制度に一時的な例外を設けるものであったが、根本的な移民政策の変更には至らなかった。
5.1950年代
ハリー・S・トルーマン大統領(任期: 1945年 - 1953年)
・1952年 移民国籍法(Immigration and Nationality Act of 1952, McCarran-Walter Act) 制定:
・トルーマン大統領は、1924年法の国家起源割当制度を撤廃し、より柔軟な移民政策を望んでいたが、議会は既存の割当制度を維持する方向に動いた。
・この法律は、国家起源の割当制度を基本的に維持しつつも、アジア出身者の帰化権を認め、それまでの人種に基づく帰化制限を撤廃した。しかし、アジアからの移民に対する割当は非常に低く設定されたままであった。
・共産主義者やその他の「望ましくない」とされる人物の入国を制限する規定も強化された。
・トルーマン大統領は、この法案を拒否したが、議会が拒否権を覆して成立させた。
このように、1924年の移民法とその後の政策は、米国の民族構成を特定の「同質性」に保とうとする強い意図と、各時代の大統領の異なる移民観が反映されたものであった。
(*1)ポケット拒否権(Pocket Veto)とは、アメリカ合衆国において大統領が議会を通過した法案を拒否する方法の一つである。通常、大統領が法案を拒否する際には、署名せずに議会に返送し、その理由を述べる必要がある(通常拒否権)。しかし、ポケット拒否権は、特定の条件下でそのプロセスを回避できる。
ポケット拒否権が発動する条件
1.法案が議会から大統領に送付される。
2.議会が休会中、または会期が終了する。
3.大統領が、法案を受け取ってから10営業日(日曜日を除く)以内に署名も拒否も行わない。
これらの条件が揃うと、大統領は議会に法案を返送する必要がなく、法案は自動的に成立しない(「ポケットに入れられた」状態になるため、こう呼ばれる)。議会が休会中のため、法案を審議して大統領の拒否を覆す機会がない状態を利用することになる。
通常拒否権との違い
・通常拒否権: 大統領は法案を議会に差し戻し、拒否の理由を明示する必要がある。議会は両院で3分の2以上の賛成があれば、大統領の拒否権を覆して法案を成立させることができる。
・ポケット拒否権: 大統領は法案を議会に差し戻す必要がなく、拒否理由を明示する必要もない。議会が休会中であるため、拒否権を覆す機会がない。
歴史的背景と使用例
ポケット拒否権は、議会の会期末に集中して送られてくる大量の法案に対して、大統領が個別に詳細な拒否理由を示す手間を省くために使われることがある。また、大統領が法案に反対ではあるものの、議会との対立を明確にしたくない場合に用いられることもある。
本件で述べられているウッドロウ・ウィルソン大統領が1921年の移民制限法案(ディリンガム法案)に対してポケット拒否権を行使したのは、彼がより自由な移民政策を志向しており、この制限的な法案の成立を望まなかったためである。しかし、議会が会期末であったため、彼は通常拒否権を行使して議会に差し戻すのではなく、ポケット拒否権を用いることで法案の成立を阻止した。
✅1924年の移民法(ジョンソン=リード法)とトランプ政権の移民政策:影響、関連、そして比較
【概要】
アメリカ合衆国の歴史において、移民は常に国家形成の重要な要素であった。しかし、移民をめぐる政策は、時代ごとに異なる社会的、経済的、政治的背景を反映し、時に開放的であり、時に排他的な性質を帯びてきた。その中でも、1924年に制定された移民法(通称ジョンソン=リード法)は、国家起源の割当制度を導入し、アジアからの移民を完全に排除することで、米国の移民史における大きな転換点となった。この法律は、その後の数十年間にわたる米国の人口構成と社会に甚大な影響を与え、その遺産は現代の移民政策、特にドナルド・トランプ政権下で推進された政策においても、様々な形で関連性や比較点を見出すことができる。1924年移民法の概要とその歴史的背景、そしてトランプ政権の移民政策の主要な特徴をそれぞれ詳細に解説する。その上で、両者の間に存在する影響、関連性、類似点、相違点を比較検討し、最終的にこれらの政策が米国の移民のあり方と社会に与えた長期的な含意について考察する。
【詳細】
1. 1924年の移民法(ジョンソン=リード法)の概要と歴史的背景
1924年の移民法は、米国における移民政策が、量的制限と特定の出身地からの移民に対する排他主義へと大きく舵を切った画期的な法律である。この法律は、19世紀後半から20世紀初頭にかけての大量移民、特に南ヨーロッパや東ヨーロッパからの「新移民」の流入に対する反発、そして第一次世界大戦後のナショナリズムの高揚と排外主義的な感情を背景に成立した。
主要な特徴
国家起源の割当制度の導入と強化: この法律は、1921年の緊急割当法をさらに厳格化した。年間移民数を大幅に削減し、各国籍の年間移民数を、1890年の国勢調査時点での米国におけるその国籍の総人口の2%に制限した。1890年の国勢調査を基準としたのは、その時点ではまだ南ヨーロッパや東ヨーロッパからの「新移民」の流入が本格化しておらず、英国やドイツ、スカンディナビア諸国といった北欧・西欧諸国出身者が米国人口の大半を占めていたためである。この基準年の変更は、意図的に「好ましい」と見なされる出身地の移民を優遇し、「好ましくない」と見なされる出身地の移民を排除するためのものであった。
アジアからの移民の完全排除: この法律の最も排他的な特徴の一つは、日本人を含むアジアからの移民を事実上完全に排除したことである。条文には「人種または国籍によって市民権を得る資格がない外国人」の入国を禁じるという規定が含まれており、当時の米国法ではアジア系の移民は市民権を得ることができなかったため、これは事実上のアジア系排斥であった。特に、それまで日米紳士協定によって自主的に移民を制限していた日本にとっては、この法律は協定の破棄を意味し、日本政府の強い抗議を招き、両国間の緊張を大幅に高めた。
識字テストと「アジア排除帯」の維持: 1917年の移民法で導入された識字テストや「アジア排除帯」の概念は、この法律によっても引き継がれた。識字テストは、16歳以上の移民にどの言語でも基本的な読み書き能力を要求するものであったが、これも間接的に特定の出身地の移民を制限する効果があった。
歴史的背景
「旧移民」対「新移民」の対立: 19世紀半ばまでの「旧移民」(主に北欧・西欧出身のプロテスタント系)(*1)と、19世紀末から20世紀初頭にかけて増加した「新移民」(南欧・東欧出身のカトリック系、ユダヤ系、東方正教会系など)との間に、文化や宗教、経済的地位をめぐる緊張が高まった。特に、新移民が低賃金労働者として都市部に集中したことで、既存の労働者との間に摩擦が生じた。
優生学と人種主義: 20世紀初頭の米国では、優生学が科学的根拠として誤って認識され、特定の人種や民族が他の人種よりも「優れている」という人種主義的な思想が広まった。この思想は、南ヨーロッパや東ヨーロッパ出身の移民を「劣等人種」とみなし、彼らが米国の「人種的純粋性」を損なうという主張を正当化するために利用された。
第一次世界大戦とナショナリズム: 第一次世界大戦を経験し、米国ではナショナリズムが高まり、同時に外国人に対する不信感や排外主義が強まった。「100%アメリカ主義」が叫ばれ、外国の文化や忠誠心を持つ移民に対する警戒感が増大した。
議会の動き: 上院議員ウィリアム・P・ディリンガムをはじめとする強力な制限論者が議会で主導権を握り、移民制限の強化を強く主張した。ウィルソン大統領はより自由な移民政策を望んだが、議会の強い圧力に抗しきれなかった。
2. ドナルド・トランプ政権の移民政策の主要な特徴
ドナルド・トランプ大統領の移民政策は、「アメリカ・ファースト」のスローガンに基づき、国境の安全保障強化、不法移民の取り締まり、そして合法移民の削減という三つの柱に特徴づけられる。その政策は、その強力な言動と即時的な実行によって、国内外で大きな議論を巻き起こした。
主要な特徴
・「壁」の建設と国境警備の強化: トランプ政権の象徴的な政策の一つは、メキシコ国境に物理的な「壁」を建設するという公約であった。これは、不法移民の流入を阻止し、国境の安全保障を強化することを目的としていた。既存のフェンスの延伸や新たな壁の建設が進められたが、予算や環境問題、土地収用などの課題に直面し、その効果と費用対効果については賛否両論があった。また、国境警備隊の増員や、不法越境者に対する即時送還措置(タイトル42など)の導入も行われた。
・「イスラム圏諸国からの入国禁止(Travel Ban)」: 大統領就任直後、トランプ大統領は、特定のイスラム圏諸国(イラン、イラク、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメンなど)からの入国を一時的に禁止する大統領令に署名した。これはテロ対策を名目としていたが、特定の宗教や国籍に対する差別であるとして、国内外から激しい批判を浴びた。最終的には、修正を重ね、最高裁によって部分的に容認されたものの、その「差別的意図」をめぐる議論は根強く残った。
不法移民に対する取り締まりの強化
・「ゼロ・トレランス」政策: メキシコ国境を不法に越境した者に対して「ゼロ・トレランス(一切の容認なし)」の方針を適用し、刑事訴追を行った。これにより、親と子が国境で引き離されるという人道上の問題が世界的な批判を招いた。
・DACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)の撤廃試行: オバマ政権下で導入された、幼少期に不法入国した若者(「ドリーマーズ」)に対する強制送還猶予措置DACAの撤廃を試みた。これも法廷闘争となり、最終的に最高裁によって撤廃は阻止された。
・入国管理局(ICE)の権限強化: 国内の不法移民に対する摘発と強制送還を積極的に推進した。
合法移民の削減と「メリット・ベース」の移民制度への移行:
・家族移民の制限: 家族の再会を目的とした移民(家族移民)の連鎖を断ち切り、合法移民の数を削減することを主張した。
・「メリット・ベース」移民制度の提唱: 家族関係よりも、英語能力、教育水準、職業スキルといった「メリット」に基づく移民制度への移行を提唱した。これは、北欧・西欧諸国からの移民を優遇し、非欧米圏からの移民を制限するという、過去の政策に通じる側面を持っていた。
・難民受け入れ数の大幅削減: シリアなどからの難民受け入れ数を大幅に削減し、人道的な国際規範に反するという批判を浴びた。
3. 1924年移民法とトランプ政権の移民政策の比較
1924年の移民法とトランプ政権の移民政策には、歴史的背景や社会状況の違いがある一方で、驚くべき類似点と重要な相違点が存在する。
類似点
・排他主義と自国中心主義: 両政策に共通するのは、排他主義的で自国中心的なナショナリズムの台頭である。1924年法が「米国の人種的純粋性」を保護しようとしたように、トランプ政権も「アメリカ・ファースト」を掲げ、米国の国益と安全保障を最優先し、外部からの流入を厳しく制限しようとした。
特定の出身地・集団に対する制限:
・1924年法が南ヨーロッパ・東ヨーロッパ系、そしてアジア系移民を排除したように、トランプ政権の「イスラム圏諸国からの入国禁止」は特定の国籍・宗教を標的にした。これは、過去の「望ましくない」移民のカテゴリー化と共通する排他的な選別基準である。
・「メリット・ベース」移民制度の提唱は、1924年法が「好ましい」出身地の移民を優遇したのと同様に、特定のスキルや属性を持つ移民を「好ましい」と見なし、そうでない移民(例えば家族移民)を制限しようとする点で共通する。
国民の不安感と経済的・文化的脅威論の利用:
・1924年法は、第一次世界大戦後のナショナリズムと、移民が米国の文化や経済を「脅かす」という不安感を背景に成立した。
・トランプ政権も、グローバル化に対する反発、国内の経済的困難、テロや犯罪への懸念といった国民の不安感を巧みに利用し、移民を「脅威」として描くことで支持を集めた。不法移民を犯罪者と結びつけるレトリックはその典型である。
・国境管理の強化: 両時代ともに、国境管理の厳格化が強調された。1924年法は入国審査を厳格化し、不法入国を取り締まるための基盤を築いた。トランプ政権の「壁」の建設や国境警備の強化は、その物理的、象徴的な究極の形である。
相違点
対象となる移民のタイプ
・1924年法は主に「合法的な」移民、特にその「国家起源」と「人種」を制限することに焦点を当てていた。
・トランプ政権の政策は、合法移民の削減も目指したが、その政策の大部分は「不法移民」の取り締まりと強制送還、そして「テロ対策」を名目とした特定の国籍・宗教からの入国制限に重きを置いていた。
法的根拠とレトリック
・1924年法は、割当制度という明確な数値的基準と、人種に基づく排斥という当時合法であった(少なくとも公然と語られた)差別を明文化していた。その背景には、優生学のような「科学的」と称される理論が援用されていた。
・トランプ政権の政策は、必ずしも人種や国籍を公然と「差別」する文言を用いなかった(例えば「イスラム圏諸国からの入国禁止」はテロ対策が名目であった)。しかし、その発言や影響は、特定の民族や宗教に対する差別を助長するものであったとの批判が根強い。政策の正当化には、「国家安全保障」や「経済的負担の軽減」といった論理が多用された。
時代の変化
・1924年当時は、国際的な人権規範や反差別意識が現在ほど確立されておらず、国家が人種に基づいて移民を制限することが比較的容易であった。
・現代においては、国際人権法、国内の反差別法、そして公民権運動以降の意識の変化により、露骨な人種差別に基づく政策は法的・倫理的に許容されにくい。そのため、トランプ政権の政策は、法廷での挑戦や市民社会からの激しい抵抗に直面した。
グローバル化と国際関係の影響
・1924年当時は、グローバル化が現在ほど進んでおらず、国際的な人の移動の規模も小さかった。
・現代は、グローバル化が深化し、人の移動が常態化している。難民危機、国際テロリズム、気候変動による移民・避難民の増加など、移民問題はより複雑な国際的問題と結びついている。トランプ政権の政策は、国際社会からの反発を招き、米国の国際的な評判や同盟関係に影響を与えた。
4. 政策の含意と長期的な影響
1924年の移民法とトランプ政権の移民政策は、その排他的な性質において類似点を持つが、その含意と長期的な影響は異なる側面を持つ。
1924年法は、米国社会の構成を劇的に変えた。ヨーロッパからの移民の流入を抑制し、特定の人種を排除することで、結果的に米国における白人の人口比率を高く保つことに貢献した。しかし、同時にそれは、多様性を抑制し、特定の民族グループに対する差別を制度化した。この法律は、第二次世界大戦後の避難民受け入れを経て、1965年の移民国籍法によって最終的に廃止され、国家起源割当制度は撤廃された。1965年法は、家族の再会と特定の職業スキルを持つ移民を優先する制度へと移行し、米国の多様性を促進する大きな転換点となった。
一方、トランプ政権の移民政策は、1924年法のような長期的な人口構成の劇的な変化を意図したものではなく、主に不法移民の抑制と国家安全保障の強化、そして特定グループの入国制限に焦点を当てた。しかし、その強硬な姿勢とレトリックは、移民コミュニティに深い不安と恐怖を与え、米国内の分断を深刻化させた。特に、家族離散や難民受け入れ拒否といった人道上の問題は、米国の国際的なイメージを大きく損ねた。
長期的に見れば、トランプ政権の政策は、移民をめぐる米国の政治的対立をさらに深めた。国境の安全保障、経済への影響、文化的多様性といった移民問題の多面性が、政治的なイデオロギーと結びつき、国民の意見を二分する主要な争点であり続けている。また、これらの政策は、不法移民の地下経済への押し込みや、合法移民の米国外への流出といった意図しない結果も生み出す可能性を秘めている。
【要点】
1924年の移民法とドナルド・トランプ政権の移民政策は、それぞれ異なる時代背景と直接的な目的を持つものの、共通して排他主義的で自国中心的なナショナリズムを基盤としていた。両者は、特定の出身地や集団に対する制限、国民の不安感の利用、そして国境管理の強化という点で類似性を持つ。しかし、対象となる移民のタイプ、法的根拠、そして現代における国際的な人権規範の存在という点で重要な相違点も存在する。
1924年法は、米国の移民のあり方を根本から変え、その後の数十年にわたる人口構成と社会に大きな影響を与えた。トランプ政権の政策は、短期的な影響は大きかったものの、1924年法のような長期的な人口構成の劇的な変化を意図したものではなく、主に不法移民の取り締まりと安全保障に重点を置いた。
現代の米国は、過去の移民制限政策の反省と、多様性がもたらす強みという教訓の上に立っているはずであった。しかし、トランプ政権の移民政策は、20世紀初頭の排他的な感情の再燃を示唆するものであり、米国社会における移民をめぐる議論がいまだに歴史的な緊張を抱えていることを浮き彫りにした。今後、米国が多様性と包摂性を重視する価値観を再確認し、国際社会におけるリーダーシップを発揮できるかどうかは、移民をめぐる健全な議論と、公平で人道的な政策を構築できるかどうかにかかっている。
(*1)「プロテスタント系」とは、16世紀の宗教改革運動以降、ローマ・カトリック教会から分離して形成されたキリスト教の諸教派、およびその信徒の総称である。日本では「新教」とも呼ばれる。
主なプロテスタントの教派には、ルター派、改革派(長老派、会衆派など)、聖公会、バプテスト、メソジストなどがある。
アメリカ合衆国におけるプロテスタント系の位置づけ
アメリカ合衆国の建国と初期の発展において、プロテスタント系の移民は極めて重要な役割を果たした。
・初期の入植者: 17世紀に北アメリカ大陸に渡ったピルグリム・ファーザーズに代表されるように、初期のイギリス系入植者の多くは、本国での宗教的迫害を逃れてきたプロテスタント(特にピューリタン)であった。彼らは信仰の自由を求め、新しい社会を建設する上で、プロテスタントの倫理や価値観を深く根付かせた。
・WASP(ワスプ)の形成: 歴史的に、アメリカ社会の主流を形成してきたのは、「WASP(White Anglo-Saxon Protestant)」、すなわち「白人・アングロサクソン系・プロテスタント」であるとされてきた。彼らは建国以来、政治、経済、文化のあらゆる面で優位な地位を占め、その価値観がアメリカ社会の基準と見なされた。
・「旧移民」との関連: 19世紀半ばまでのアメリカへの移民は、主にイギリス、ドイツ、スカンディナビア諸国など、北欧・西欧からの人々が中心であった。これらの移民の多くはプロテスタント系であり、彼らは「旧移民」と呼ばれた。彼らは、アメリカ社会に比較的容易に同化し、主流派として受け入れられる傾向にあった。
・1924年移民法におけるプロテスタント系
1924年の移民法(ジョンソン=リード法)が制定された背景には、「旧移民」と「新移民」の対立があった。「新移民」とは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて増加した南ヨーロッパや東ヨーロッパからの移民を指し、これらの多くはカトリック教徒やユダヤ教徒、東方正教徒であった。
1924年法が1890年の国勢調査を基準とした割当制度を採用したのは、その時点ではまだ「新移民」の流入が本格化しておらず、アメリカ人口の大半をプロテスタント系の「旧移民」(イギリス、ドイツ、スカンディナビア諸国などからの移民)が占めていたためである。この法律は、意図的にこれらのプロテスタント系「旧移民」の出身地からの移民を優遇し、非プロテスタント系(特にカトリック系やユダヤ系)の「新移民」の流入を制限することで、アメリカ社会の「人種的・文化的・宗教的同質性」を維持しようとする強い意思が働いていたのである。
【引用・参照・底本】
1924ImmigrationAct.pdf
https://loveman.sdsu.edu/docs/1924ImmigrationAct.pdf
The Immigration Act of 1924(The Johnson-Reed Act)
https://history.state.gov/milestones/1921-1936/immigration-act
✅1924年の移民法(ジョンソン=リード法 *)は、国家起源の割当制度(*1)により、米国への入国を許可される移民の数を制限した。この割当は、1890年の国勢調査時点での米国における各国籍の総人口の2%に移民ビザを付与するというものであった。アジアからの移民は完全に排除された。
大統領クーリッジによるジョンソン=リード法の署名
識字テストと「アジア排除帯」
1917年、米国議会は初めて広く制限的な移民法を制定した。第一次世界大戦中の国家安全保障に関する不確実性が、議会によるこの法案の可決を可能にし、それは1924年法への道を開くいくつかの重要な条項を含んでいた。1917年法は、16歳以上の移民にどの言語でも基本的な読解力を示すことを要求する識字テスト(*2)を導入した。また、新規移民が到着時に支払う税金も増加させ、移民当局により多くの裁量権を与えて、誰を排除するかについての決定を下せるようにした。最後に、この法律は、日本人とフィリピン人を除く地理的に定義された「アジア排除帯」で生まれた者の入国を排除した。1907年、日本政府は紳士協定により、米国への日本人移民を自主的に制限していた。フィリピンは米国の植民地であったため、その市民は米国国民であり、米国に自由に渡航できた。中国は排除帯に含まれていなかったが、中国人はすでに中国人排斥法により移民ビザを拒否されていた。
移民割当
識字テストだけでは、ほとんどの潜在的な移民の入国を阻止するには不十分であったため、議会議員は1920年代に移民を制限する新しい方法を模索した。移民の専門家であり、バーモント州選出の共和党上院議員ウィリアム・P・ディリンガムは、移民割当を創設する措置を導入した。彼はその割当を、1910年の国勢調査に記録された米国における各国籍の外国生まれの総人口の3%に設定した。これにより、新規移民に毎年利用可能なビザの総数は35万人に達した。しかし、西半球の居住者にはいかなる種類の割当も設けなかった。ウィルソン大統領は、より自由な移民政策を好み、この制限的な法案に反対したため、ポケット拒否権を行使してその可決を阻止した。1921年初め、新たに就任したウォーレン・ハーディング大統領は、議会を特別会期に招集してこの法律を可決させた。1922年には、この法律はさらに2年間更新された。
上院議員ウィリアム・P・ディリンガム
1924年に移民に関する議会での議論が始まったとき、割当制度は非常に確立されており、それを維持するかどうかを疑問視する者はおらず、むしろどのように調整するかについて議論された。割当を引き上げ、より多くの人々の入国を許可することを主張する者もいたが、制限の推進者が勝利した。彼らは既存の割当を外国生まれの人口の3%から2%に引き下げる計画を策定した。また、割当計算の基準となる年も1910年から1890年に変更した。
割当のもう一つの変更は、割当計算の基礎を変更したことである。割当はこれまで、米国国外で生まれた人々の数、すなわち米国にいる移民の数に基づいてきた。新しい法律は、米国人口全体、つまり生まれながらの市民を含む全ての起源を追跡した。新しい割当計算には、家族が長年米国に居住していた多数の英国系の人々が含まれた。その結果、イギリス諸島と西ヨーロッパからの個人に利用可能なビザの割合が増加したが、南ヨーロッパや東ヨーロッパなどの他の地域からの新しい移民は制限された。
1924年の移民法には、人種または国籍によって市民権を得る資格がない外国人の入国を排除する規定も含まれていた。1790年および1870年からの既存の国籍法は、アジア系の血統の人々を帰化から排除していた。結果として、1924年法は、これまで移民を阻止されていなかったアジア人、特に日本人でさえ、もはや米国に入国できなくなることを意味した。日本の多くの人々は、この新しい法律に非常に憤慨し、それは紳士協定の違反であった。日本政府は抗議したが、法律はそのまま残り、両国間の既存の緊張が高まった。緊張が高まったにもかかわらず、米国議会は国の民族構成を維持することが、日本との良好な関係を促進することよりも重要であると判断したようであった。
この法律の制限的な原則は、一部のヨーロッパ諸国との関係も緊張させる可能性があったが、これらの潜在的な問題はいくつかの理由で現れなかった。1930年代の世界恐慌、第二次世界大戦、そして米国移民政策の厳格な施行が、ヨーロッパからの移民を抑制する役割を果たした。これらの危機が過ぎ去ると、1948年と1950年の避難民再定住のための緊急規定が、米国が新しい移民法をめぐる紛争を回避するのに役立った。
全体として、1924年の移民法の最も基本的な目的は、米国の同質性の理想を維持することであった。議会は1952年にこの法律を改正した。
(*)1924年の移民法(Immigration Act of 1924)は、アメリカ合衆国議会で成立した移民制限法であり、主に「ジョンソン=リード法(Johnson-Reed Act)」という通称で知られている。この名称は、法案を提出・推進した下院議員アルバート・ジョンソン(Albert Johnson)と上院議員デイヴィッド・リード(David Reed)に由来する。
1.ジョンソン=リード両議員の役割
・アルバート・ジョンソン(下院議員)
移民法案の起草と推進の中心人物であり、下院移民・帰化委員会の委員長として強力に法案成立を主導した。
・デイヴィッド・リード(上院議員)
上院側の主要な提案者であり、移民制限の枠組みやクォータ制(国別割当制)の設計に大きく関与した。
2.彼らが推進した法案の特徴
・1890年国勢調査を基準に、各国からの移民の年間上限(クォータ)を設定し、特に東欧・南欧・アジアからの移民を大幅に制限または排除した。
・アジア諸国からの移民は、割当数ゼロや非クォータ移民からの除外などによって、事実上全面的に禁止された。
・アメリカ社会の「人種的純粋性」維持や、既存の排外主義的世論を反映した内容となっています。
まとめ
ジョンソン=リード両議員は、1924年移民法の成立とその厳格な移民制限政策の実現に中心的な役割を果たした。この法律は、彼らの名を冠して「ジョンソン=リード法」と呼ばれ、アメリカの移民政策に大きな影響を与えた。
(*1)「国家起源の割当制度」
国家起源の割当制度とは、主に1924年の移民法(ジョンソン=リード法)によって米国に導入された移民制限政策のことである。この制度は、米国に入国を許可される移民の数を、その出身国に基づいて制限することを目的とした。
具体的には、以下のような特徴を持つ。
・割当の計算基準: 割当は、1890年の国勢調査時点での米国に住む各国籍の総人口の2%に設定された。これは、その時点での米国人口の民族構成を維持することを意図しており、主に西ヨーロッパ・北ヨーロッパからの移民を優遇するものであった。
・アジアからの移民の排除: 1924年法では、人種や国籍によって市民権を得る資格がない外国人、特にアジア系の移民が完全に排除された。これは、1790年や1870年の国籍法がアジア系の人々を帰化から排除していたことによるもので、日本人も紳士協定に違反する形で入国を阻止された。
・識字テスト: 1917年の移民法で導入された識字テストも、この制度の前身として移民制限に貢献したが、それだけでは不十分とされ、割当制度へと移行した。
目的: この制度の最も基本的な目的は、米国の「同質性」を維持すること、つまり、主に北欧・西欧からの移民を奨励し、南欧・東欧、そしてアジアからの移民を制限することで、米国の民族構成を変えずに保つことにあった。
この制度は、1965年の移民法改正まで続いた。
(*2) どの言語でも基本的な読解力を示すことを要求する識字テストとは、1917年のアメリカ合衆国移民法によって導入された規定である。これは、米国への移民を制限するための最初期の広範な措置の一つであった。
このテストの主な特徴は以下の通りである。
・対象者: 16歳以上の移民に対して適用された。
・内容: 特定の言語に限定されず、「どの言語でも」基本的な読み書きの能力があることを要求された。これは、移民が自分の母語で読み書きができればよいという意味で、必ずしも英語の能力を問うものではなかった。
・目的: 明示的な目的は、文盲の移民の流入を防ぐことであったが、実質的には、当時の米国社会で好ましくないと見なされていた特定の地域(特に南ヨーロッパや東ヨーロッパ)からの移民を制限する手段としても機能した。識字率が低い地域からの移民が、このテストによって排除されることが期待されたのである。
・限界: この識字テストだけでは、潜在的な移民の多くを阻止するには不十分であったため、その後、より厳格な制限策として1924年の移民法における「国家起源の割当制度」が導入されることになった。
この識字テストは、後のより包括的な移民制限法への道を開いた重要な一歩として位置づけられる。
「どの言語でも」という表現は、特定の言語に限定されない、という意味である。
つまり、1917年の移民法で導入された識字テストにおいて、移民は母国語であっても、他のどんな言語であっても、読み書きの基本的な能力があれば合格とされたということだ。英語の読み書きができる必要はなかった。
これは、たとえば以下のような状況を指す。
・イタリア語が母語の移民なら、イタリア語で新聞を読んだり、簡単な文章を書いたりできれば良い。
・ドイツ語が母語の移民なら、ドイツ語で同様の能力を示せば良い。
・日本語が母語の移民なら、日本語でそれができれば良い。
この規定は、英語能力を直接問うものではなく、あくまで一般的な識字能力を測るためのものであった。しかし、識字率が低いとされる地域からの移民を間接的に制限する効果はあったとされている。
✅「1924年移民法(Immigration Act of 1924)」の内容の要約とポイント
1924年移民法(ジョンソン=リード法)概要
成立日: 1924年(第68議会、セッションI、チャプター190、153-169ページ)
主な目的
米国への移民の数を制限し、その他の目的のために制定された法律。
主な条文と内容
1. 移民ビザの発給(Sec. 2)
・移民ビザは、在外米国領事が申請者に対して発給。
・ビザには国籍、クォータ制該当か否か、有効期限などが記載される。
・写真2枚の提出が必要。
・ビザの有効期限は最長4ヶ月。
・入国時にビザは移民局に提出し、記録される。
・不適格者にはビザ発給不可。
2. 「移民」の定義(Sec. 3)
・米国外から米国を目的地とする外国人を「移民」と定義。
・例外:政府関係者や観光・商用の一時訪問者、通過者、船員など。
3. 非クォータ移民(Sec. 4)
・米国市民の配偶者や18歳未満の未婚の子、カナダ・メキシコ等特定国生まれの者、宗教者や学生などが該当。
4. クォータ移民(Sec. 5)
・非クォータ移民以外の全ての移民。
5. クォータ内優先順位(Sec. 6)
・米国市民の近親者や農業技能者などに優先枠。
・優先枠は各国クォータの50%まで。
6. ビザ申請手続き(Sec. 7)
・申請書に詳細な個人情報、家族情報、目的、過去の犯罪歴や精神疾患歴などを記載。
・必要書類(出生証明書等)の提出。
・申請手数料1ドル。
7. 非クォータビザの発給(Sec. 8)
・該当者には証明書類に基づき非クォータビザを発給。
8. 親族へのビザ発給(Sec. 9)
・米国市民が親族のために申請し、承認された場合にビザ発給。
歴史的背景と影響
・人種・国籍別クォータ制を導入し、特に南・東ヨーロッパやアジアからの移民を大幅に制限。
・1890年の国勢調査を基準に、各国ごとの年間移民枠を設定。
・アジア系移民はほぼ全面的に排除(例外的にフィリピンなどを除く)。
・1965年の移民法改正まで、米国の移民政策の基礎となった。
まとめ
・1924年移民法は、米国への移民を厳しく制限し、特定の国・人種への排除を目的とした歴史的な法律である。クォータ制やビザ発給手続きの厳格化など、現代の移民管理の原型となった重要な法令である。
✅1924年移民法(ジョンソン=リード法)への批判について
1924年移民法への主な批判
1. 人種差別的な内容
・人種・国籍による制限
1924年移民法は、特に南・東ヨーロッパやアジアからの移民を大きく制限し、北・西ヨーロッパ系の移民を優遇した。
その結果、「白人アングロサクソン系」の人口構成を維持しようとする意図が明確であり、アジア系移民はほぼ全面的に排除された。
・アジア系排除条項
「アジアからの移民は認めない」という条項(*1)は、明らかに人種差別的であり、当時のアジア諸国から強い抗議が寄せられた。
2. アメリカの多様性への逆行
アメリカは「移民の国」として発展してきたが、この法律は多様な文化や人材の流入を妨げ、国の活力や創造性を損なうとの批判があった。
特定の民族・国籍の人々を排除することで、アメリカ社会の多様性や公平性に反するという指摘がなされた。
3. 家族の分断
厳格なクォータ(割当)制によって、すでにアメリカにいる移民の家族が呼び寄せられなくなり、多くの家族が長期間にわたり離ればなれになった。
4. 国際関係への悪影響
アジア諸国、特に日本からは「排日移民法」として強い反発が起こり、日米関係の悪化を招いた。
アメリカが掲げる「自由と平等」という理念と矛盾するとの国際的な批判もあった。
5. 科学的根拠のない「優生思想」の影響
法律制定の背景には、「特定の民族はアメリカ社会に適さない」という優生思想や偏見があり、これが公的な政策に反映されたことも強く批判された。
6.歴史的評価
1965年の移民法改正(ハート=セルラー法)によって、この人種・国籍に基づくクォータ制は廃止され、より公平な移民制度へと転換した。
現在では、1924年移民法はアメリカ史上最も差別的な移民法の一つとされ、負の歴史として語られている。
特定の人種・民族や宗教を排除する傾向が強く、歴史的な排外主義の系譜に連なるものである。
7.国民世論の動員と分断の深化
1924年当時、移民排斥の世論は政治的動員の道具として利用され、社会の分断を深めた。トランプ政権も、不法移民問題を強調し、移民に対する恐怖や不満を煽ることで支持基盤の結集を図った。現代においても、移民政策はアメリカ社会の分断を象徴する争点となっている。
8.法制度の連続性と変化
1924年移民法は、その後の1952年移民及び国籍法などを通じて現代の移民制度の基礎を築いた。トランプ政権の移民政策も、現行法の枠組みの中で実施されており、制度的な連続性が認められる。一方で、トランプ政権は大統領令を多用し、議会の承認を得ずに政策を強行する手法が特徴的である。
9.影響と現代社会への示唆
1924年移民法がアメリカ社会にもたらした最大の影響は、移民の多様性喪失と社会的分断である。アジア系移民の排除は、アメリカ社会の「多様性」という価値観を大きく損なった。トランプ政権の移民政策もまた、移民やマイノリティに対する差別や偏見を助長し、社会的対立を激化させている。
また、移民政策の厳格化は、経済や労働市場にも影響を及ぼしている。アメリカ経済は長らく移民労働力に支えられてきたが、移民制限政策は人手不足や経済成長の鈍化を招く懸念が指摘されている。
さらに、移民政策は国際関係にも波及する。1924年移民法が日米関係に悪影響を与えたように、現代の排外的政策も国際社会からの批判や外交摩擦を引き起こしている。
総括
1924年移民法と現トランプ政権の移民政策は、時代背景や具体的な政策手法の違いはあるものの、「排除」の論理と社会分断の深化という点で明確な連続性を有している。アメリカ社会における移民問題は、単なる労働力の受け入れや治安維持の問題にとどまらず、「誰がアメリカ人であるか」「多様性をどう受け入れるか」という根源的な問いを突きつけている。1924年移民法の歴史的教訓は、排外主義がもたらす社会的・国際的分断の深刻さを示している。現代のトランプ政権の移民政策もまた、同様のリスクを孕んでおり、アメリカ社会が今後どのような価値観と方向性を選択するのかが問われている。
移民政策は、国民国家のアイデンティティと多様性の共存という難題に直面している。過去の排外政策の反省を踏まえ、より包摂的で持続可能な社会の構築が求められる時代にあるといえよう。1924年移民法と現トランプ政権の政策を比較することで、現代社会が直面する課題と、今後進むべき道筋が浮かび上がるのである。
(*1)1924年移民法(ジョンソン=リード法)には、「アジアからの移民は認めない」という明示的な条項が存在する。この法律の全文には、直接的な表現で「アジアからの移民を排除する」といった文言は見当たらないが、実際には次のような仕組みでアジア系移民が排除されていた。
国別割当制(クォータ制)
この法律は、各国からの年間移民数を「1890年国勢調査」に基づいて割り当てる制度を導入した。しかし、アジア諸国(特に日本、中国、韓国など)はこの割当の対象外とされ、事実上ゼロ、つまり「移民を認めない」状態となった。
非クォータ移民の規定
第4条では、カナダ、メキシコ、中南米諸国など特定の国出身者は非クォータ移民として認められているが、アジア諸国は含まれていない。
既存の排華法との連動
当時すでに中国人排斥法(Chinese Exclusion Act)など、アジア系移民を排除する法律が存在しており、1924年移民法はそれをさらに強化する形となっている。
「帰化不能外国人」の排除
1924年移民法は、既存の移民法(特に1917年のアジアバンゾーン法)と連動し、「帰化が認められない外国人」(すなわちアジア系)の移民申請を拒否する仕組みを維持している。
このように、条文上は国名や「アジア人」という語を直接使わず、国別割当の仕組みと既存の法律を組み合わせることで、アジアからの移民を事実上全面的に排除する内容となっている。
要約すると、「アジアからの移民は認めない」という条項は、割当数ゼロや非クォータ移民からの除外、既存の排斥法との連携によって実現されている。
✅1924年の移民法(ジョンソン=リード法)と各大統領の政策・対応
1.1910年代
ウッドロウ・ウィルソン大統領(任期: 1913年 - 1921年)
1917年 移民法(Immigration Act of 1917) 制定
・第一次世界大戦中の国家安全保障への懸念を背景に制定された。
・識字テストの導入: 16歳以上の移民に対し、どの言語でも基本的な読解力を示すことを要求した。
・「アジア排除帯(Asiatic Barred Zone)」の設定: 特定の地理的区域(主にアジアの一部)から生まれた者の入国を排除した。ただし、日本の移民については1907年の紳士協定により自主的に制限されていたため、明示的な排除は避けた。フィリピンは米国の植民地であったため、市民は米国国民として自由に渡航できた。中国人はすでに中国人排斥法により排除済みであった。
・ウィルソン大統領は、1921年にウィリアム・P・ディリンガム上院議員が提案した割当制を導入する法律案に反対し、ポケット拒否権(*1)を行使してその成立を阻止した。彼はより自由な移民政策を志向していた。
2.1920年代
(1)ウォーレン・ハーディング大統領(任期: 1921年 - 1923年)
1921年 移民法(Emergency Quota Act of 1921) 制定
・ウィルソン大統領が拒否した割当制の導入を目指し、ハーディング大統領は就任後、特別会期を招集してこの法律を成立させた。
・割当制度の導入: 各国籍の外国生まれの人口の3%を上限とする割当を導入した。基準は1910年の国勢調査であった。これにより、年間総ビザ数は約35万人に制限された。
・西半球からの移民には割当が適用されなかった。
・この法律は当初1年間有効とされ、1922年にはさらに2年間延長された。
(2)カルビン・クーリッジ大統領(任期: 1923年 - 1929年)
1924年 移民法(Immigration Act of 1924, Johnson-Reed Act)制定
移民制限をさらに強化する動きが議会で優勢となり、クーリッジ大統領がこの法律に署名し、成立させた。
・割当の強化: 既存の割当を3%から2%に引き下げた。
・基準年の変更: 割当計算の基準となる国勢調査の年を、移民の増加が顕著になる以前の1910年から1890年に変更した。これにより、南ヨーロッパ・東ヨーロッパからの移民はさらに厳しく制限され、英国や西ヨーロッパからの移民が優遇される形となった。
・アジアからの移民の完全排除: 「人種または国籍によって市民権を得る資格がない外国人」の入国を排除する条項が盛り込まれた。これにより、特に日本からの移民が完全に禁止された。これは日米紳士協定の破棄を意味し、日本政府の強い抗議を招き、両国間の緊張を高めた。
・この法律の目的は、米国の「同質性」を維持すること、すなわち民族構成を固定化することにあった。
3.1930年代
ハーバート・フーヴァー大統領(任期: 1929年 - 1933年)
・1929年の世界恐慌の勃発により、移民の流入は経済的要因によって自然に減少した。フーヴァー政権下では、1924年法の厳格な施行が続けられたが、大規模な追加の移民制限法は制定されなかった。むしろ、恐慌の影響で、移民の帰還(自主的・強制的にかかわらず)が増加した。
4.1940年代
(1)フランクリン・ルーズベルト大統領(任期: 1933年 - 1945年)
・第二次世界大戦中、移民政策は戦時の緊急事態と安全保障の懸念によって強く影響を受けた。
・1942年 大統領令9066号: 日系アメリカ人(および一部の日系移民)の強制収容を命じた。これは移民法とは直接の関係はないが、民族的背景に基づく差別的な政策の一環として特筆される。
・1943年には中国人排斥法が廃止されたが、これは日中戦争における中国との同盟関係を強化する意図があった。しかし、その後の移民割当はごく少数であった。
(2)ハリー・S・トルーマン大統領(任期: 1945年 - 1953年)
・第二次世界大戦後、ヨーロッパで発生した多数の「避難民(Displaced Persons)」への対応が喫緊の課題となった。
・1948年 避難民法(Displaced Persons Act of 1948): 戦後の避難民を米国に入国させるための特別措置法。
・1950年 避難民法改正(Displaced Persons Act of 1950): 1948年法の適用範囲を拡大し、より多くの避難民を受け入れた。
・これらの緊急措置は、1924年法の厳格な割当制度に一時的な例外を設けるものであったが、根本的な移民政策の変更には至らなかった。
5.1950年代
ハリー・S・トルーマン大統領(任期: 1945年 - 1953年)
・1952年 移民国籍法(Immigration and Nationality Act of 1952, McCarran-Walter Act) 制定:
・トルーマン大統領は、1924年法の国家起源割当制度を撤廃し、より柔軟な移民政策を望んでいたが、議会は既存の割当制度を維持する方向に動いた。
・この法律は、国家起源の割当制度を基本的に維持しつつも、アジア出身者の帰化権を認め、それまでの人種に基づく帰化制限を撤廃した。しかし、アジアからの移民に対する割当は非常に低く設定されたままであった。
・共産主義者やその他の「望ましくない」とされる人物の入国を制限する規定も強化された。
・トルーマン大統領は、この法案を拒否したが、議会が拒否権を覆して成立させた。
このように、1924年の移民法とその後の政策は、米国の民族構成を特定の「同質性」に保とうとする強い意図と、各時代の大統領の異なる移民観が反映されたものであった。
(*1)ポケット拒否権(Pocket Veto)とは、アメリカ合衆国において大統領が議会を通過した法案を拒否する方法の一つである。通常、大統領が法案を拒否する際には、署名せずに議会に返送し、その理由を述べる必要がある(通常拒否権)。しかし、ポケット拒否権は、特定の条件下でそのプロセスを回避できる。
ポケット拒否権が発動する条件
1.法案が議会から大統領に送付される。
2.議会が休会中、または会期が終了する。
3.大統領が、法案を受け取ってから10営業日(日曜日を除く)以内に署名も拒否も行わない。
これらの条件が揃うと、大統領は議会に法案を返送する必要がなく、法案は自動的に成立しない(「ポケットに入れられた」状態になるため、こう呼ばれる)。議会が休会中のため、法案を審議して大統領の拒否を覆す機会がない状態を利用することになる。
通常拒否権との違い
・通常拒否権: 大統領は法案を議会に差し戻し、拒否の理由を明示する必要がある。議会は両院で3分の2以上の賛成があれば、大統領の拒否権を覆して法案を成立させることができる。
・ポケット拒否権: 大統領は法案を議会に差し戻す必要がなく、拒否理由を明示する必要もない。議会が休会中であるため、拒否権を覆す機会がない。
歴史的背景と使用例
ポケット拒否権は、議会の会期末に集中して送られてくる大量の法案に対して、大統領が個別に詳細な拒否理由を示す手間を省くために使われることがある。また、大統領が法案に反対ではあるものの、議会との対立を明確にしたくない場合に用いられることもある。
本件で述べられているウッドロウ・ウィルソン大統領が1921年の移民制限法案(ディリンガム法案)に対してポケット拒否権を行使したのは、彼がより自由な移民政策を志向しており、この制限的な法案の成立を望まなかったためである。しかし、議会が会期末であったため、彼は通常拒否権を行使して議会に差し戻すのではなく、ポケット拒否権を用いることで法案の成立を阻止した。
✅1924年の移民法(ジョンソン=リード法)とトランプ政権の移民政策:影響、関連、そして比較
【概要】
アメリカ合衆国の歴史において、移民は常に国家形成の重要な要素であった。しかし、移民をめぐる政策は、時代ごとに異なる社会的、経済的、政治的背景を反映し、時に開放的であり、時に排他的な性質を帯びてきた。その中でも、1924年に制定された移民法(通称ジョンソン=リード法)は、国家起源の割当制度を導入し、アジアからの移民を完全に排除することで、米国の移民史における大きな転換点となった。この法律は、その後の数十年間にわたる米国の人口構成と社会に甚大な影響を与え、その遺産は現代の移民政策、特にドナルド・トランプ政権下で推進された政策においても、様々な形で関連性や比較点を見出すことができる。1924年移民法の概要とその歴史的背景、そしてトランプ政権の移民政策の主要な特徴をそれぞれ詳細に解説する。その上で、両者の間に存在する影響、関連性、類似点、相違点を比較検討し、最終的にこれらの政策が米国の移民のあり方と社会に与えた長期的な含意について考察する。
【詳細】
1. 1924年の移民法(ジョンソン=リード法)の概要と歴史的背景
1924年の移民法は、米国における移民政策が、量的制限と特定の出身地からの移民に対する排他主義へと大きく舵を切った画期的な法律である。この法律は、19世紀後半から20世紀初頭にかけての大量移民、特に南ヨーロッパや東ヨーロッパからの「新移民」の流入に対する反発、そして第一次世界大戦後のナショナリズムの高揚と排外主義的な感情を背景に成立した。
主要な特徴
国家起源の割当制度の導入と強化: この法律は、1921年の緊急割当法をさらに厳格化した。年間移民数を大幅に削減し、各国籍の年間移民数を、1890年の国勢調査時点での米国におけるその国籍の総人口の2%に制限した。1890年の国勢調査を基準としたのは、その時点ではまだ南ヨーロッパや東ヨーロッパからの「新移民」の流入が本格化しておらず、英国やドイツ、スカンディナビア諸国といった北欧・西欧諸国出身者が米国人口の大半を占めていたためである。この基準年の変更は、意図的に「好ましい」と見なされる出身地の移民を優遇し、「好ましくない」と見なされる出身地の移民を排除するためのものであった。
アジアからの移民の完全排除: この法律の最も排他的な特徴の一つは、日本人を含むアジアからの移民を事実上完全に排除したことである。条文には「人種または国籍によって市民権を得る資格がない外国人」の入国を禁じるという規定が含まれており、当時の米国法ではアジア系の移民は市民権を得ることができなかったため、これは事実上のアジア系排斥であった。特に、それまで日米紳士協定によって自主的に移民を制限していた日本にとっては、この法律は協定の破棄を意味し、日本政府の強い抗議を招き、両国間の緊張を大幅に高めた。
識字テストと「アジア排除帯」の維持: 1917年の移民法で導入された識字テストや「アジア排除帯」の概念は、この法律によっても引き継がれた。識字テストは、16歳以上の移民にどの言語でも基本的な読み書き能力を要求するものであったが、これも間接的に特定の出身地の移民を制限する効果があった。
歴史的背景
「旧移民」対「新移民」の対立: 19世紀半ばまでの「旧移民」(主に北欧・西欧出身のプロテスタント系)(*1)と、19世紀末から20世紀初頭にかけて増加した「新移民」(南欧・東欧出身のカトリック系、ユダヤ系、東方正教会系など)との間に、文化や宗教、経済的地位をめぐる緊張が高まった。特に、新移民が低賃金労働者として都市部に集中したことで、既存の労働者との間に摩擦が生じた。
優生学と人種主義: 20世紀初頭の米国では、優生学が科学的根拠として誤って認識され、特定の人種や民族が他の人種よりも「優れている」という人種主義的な思想が広まった。この思想は、南ヨーロッパや東ヨーロッパ出身の移民を「劣等人種」とみなし、彼らが米国の「人種的純粋性」を損なうという主張を正当化するために利用された。
第一次世界大戦とナショナリズム: 第一次世界大戦を経験し、米国ではナショナリズムが高まり、同時に外国人に対する不信感や排外主義が強まった。「100%アメリカ主義」が叫ばれ、外国の文化や忠誠心を持つ移民に対する警戒感が増大した。
議会の動き: 上院議員ウィリアム・P・ディリンガムをはじめとする強力な制限論者が議会で主導権を握り、移民制限の強化を強く主張した。ウィルソン大統領はより自由な移民政策を望んだが、議会の強い圧力に抗しきれなかった。
2. ドナルド・トランプ政権の移民政策の主要な特徴
ドナルド・トランプ大統領の移民政策は、「アメリカ・ファースト」のスローガンに基づき、国境の安全保障強化、不法移民の取り締まり、そして合法移民の削減という三つの柱に特徴づけられる。その政策は、その強力な言動と即時的な実行によって、国内外で大きな議論を巻き起こした。
主要な特徴
・「壁」の建設と国境警備の強化: トランプ政権の象徴的な政策の一つは、メキシコ国境に物理的な「壁」を建設するという公約であった。これは、不法移民の流入を阻止し、国境の安全保障を強化することを目的としていた。既存のフェンスの延伸や新たな壁の建設が進められたが、予算や環境問題、土地収用などの課題に直面し、その効果と費用対効果については賛否両論があった。また、国境警備隊の増員や、不法越境者に対する即時送還措置(タイトル42など)の導入も行われた。
・「イスラム圏諸国からの入国禁止(Travel Ban)」: 大統領就任直後、トランプ大統領は、特定のイスラム圏諸国(イラン、イラク、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメンなど)からの入国を一時的に禁止する大統領令に署名した。これはテロ対策を名目としていたが、特定の宗教や国籍に対する差別であるとして、国内外から激しい批判を浴びた。最終的には、修正を重ね、最高裁によって部分的に容認されたものの、その「差別的意図」をめぐる議論は根強く残った。
不法移民に対する取り締まりの強化
・「ゼロ・トレランス」政策: メキシコ国境を不法に越境した者に対して「ゼロ・トレランス(一切の容認なし)」の方針を適用し、刑事訴追を行った。これにより、親と子が国境で引き離されるという人道上の問題が世界的な批判を招いた。
・DACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)の撤廃試行: オバマ政権下で導入された、幼少期に不法入国した若者(「ドリーマーズ」)に対する強制送還猶予措置DACAの撤廃を試みた。これも法廷闘争となり、最終的に最高裁によって撤廃は阻止された。
・入国管理局(ICE)の権限強化: 国内の不法移民に対する摘発と強制送還を積極的に推進した。
合法移民の削減と「メリット・ベース」の移民制度への移行:
・家族移民の制限: 家族の再会を目的とした移民(家族移民)の連鎖を断ち切り、合法移民の数を削減することを主張した。
・「メリット・ベース」移民制度の提唱: 家族関係よりも、英語能力、教育水準、職業スキルといった「メリット」に基づく移民制度への移行を提唱した。これは、北欧・西欧諸国からの移民を優遇し、非欧米圏からの移民を制限するという、過去の政策に通じる側面を持っていた。
・難民受け入れ数の大幅削減: シリアなどからの難民受け入れ数を大幅に削減し、人道的な国際規範に反するという批判を浴びた。
3. 1924年移民法とトランプ政権の移民政策の比較
1924年の移民法とトランプ政権の移民政策には、歴史的背景や社会状況の違いがある一方で、驚くべき類似点と重要な相違点が存在する。
類似点
・排他主義と自国中心主義: 両政策に共通するのは、排他主義的で自国中心的なナショナリズムの台頭である。1924年法が「米国の人種的純粋性」を保護しようとしたように、トランプ政権も「アメリカ・ファースト」を掲げ、米国の国益と安全保障を最優先し、外部からの流入を厳しく制限しようとした。
特定の出身地・集団に対する制限:
・1924年法が南ヨーロッパ・東ヨーロッパ系、そしてアジア系移民を排除したように、トランプ政権の「イスラム圏諸国からの入国禁止」は特定の国籍・宗教を標的にした。これは、過去の「望ましくない」移民のカテゴリー化と共通する排他的な選別基準である。
・「メリット・ベース」移民制度の提唱は、1924年法が「好ましい」出身地の移民を優遇したのと同様に、特定のスキルや属性を持つ移民を「好ましい」と見なし、そうでない移民(例えば家族移民)を制限しようとする点で共通する。
国民の不安感と経済的・文化的脅威論の利用:
・1924年法は、第一次世界大戦後のナショナリズムと、移民が米国の文化や経済を「脅かす」という不安感を背景に成立した。
・トランプ政権も、グローバル化に対する反発、国内の経済的困難、テロや犯罪への懸念といった国民の不安感を巧みに利用し、移民を「脅威」として描くことで支持を集めた。不法移民を犯罪者と結びつけるレトリックはその典型である。
・国境管理の強化: 両時代ともに、国境管理の厳格化が強調された。1924年法は入国審査を厳格化し、不法入国を取り締まるための基盤を築いた。トランプ政権の「壁」の建設や国境警備の強化は、その物理的、象徴的な究極の形である。
相違点
対象となる移民のタイプ
・1924年法は主に「合法的な」移民、特にその「国家起源」と「人種」を制限することに焦点を当てていた。
・トランプ政権の政策は、合法移民の削減も目指したが、その政策の大部分は「不法移民」の取り締まりと強制送還、そして「テロ対策」を名目とした特定の国籍・宗教からの入国制限に重きを置いていた。
法的根拠とレトリック
・1924年法は、割当制度という明確な数値的基準と、人種に基づく排斥という当時合法であった(少なくとも公然と語られた)差別を明文化していた。その背景には、優生学のような「科学的」と称される理論が援用されていた。
・トランプ政権の政策は、必ずしも人種や国籍を公然と「差別」する文言を用いなかった(例えば「イスラム圏諸国からの入国禁止」はテロ対策が名目であった)。しかし、その発言や影響は、特定の民族や宗教に対する差別を助長するものであったとの批判が根強い。政策の正当化には、「国家安全保障」や「経済的負担の軽減」といった論理が多用された。
時代の変化
・1924年当時は、国際的な人権規範や反差別意識が現在ほど確立されておらず、国家が人種に基づいて移民を制限することが比較的容易であった。
・現代においては、国際人権法、国内の反差別法、そして公民権運動以降の意識の変化により、露骨な人種差別に基づく政策は法的・倫理的に許容されにくい。そのため、トランプ政権の政策は、法廷での挑戦や市民社会からの激しい抵抗に直面した。
グローバル化と国際関係の影響
・1924年当時は、グローバル化が現在ほど進んでおらず、国際的な人の移動の規模も小さかった。
・現代は、グローバル化が深化し、人の移動が常態化している。難民危機、国際テロリズム、気候変動による移民・避難民の増加など、移民問題はより複雑な国際的問題と結びついている。トランプ政権の政策は、国際社会からの反発を招き、米国の国際的な評判や同盟関係に影響を与えた。
4. 政策の含意と長期的な影響
1924年の移民法とトランプ政権の移民政策は、その排他的な性質において類似点を持つが、その含意と長期的な影響は異なる側面を持つ。
1924年法は、米国社会の構成を劇的に変えた。ヨーロッパからの移民の流入を抑制し、特定の人種を排除することで、結果的に米国における白人の人口比率を高く保つことに貢献した。しかし、同時にそれは、多様性を抑制し、特定の民族グループに対する差別を制度化した。この法律は、第二次世界大戦後の避難民受け入れを経て、1965年の移民国籍法によって最終的に廃止され、国家起源割当制度は撤廃された。1965年法は、家族の再会と特定の職業スキルを持つ移民を優先する制度へと移行し、米国の多様性を促進する大きな転換点となった。
一方、トランプ政権の移民政策は、1924年法のような長期的な人口構成の劇的な変化を意図したものではなく、主に不法移民の抑制と国家安全保障の強化、そして特定グループの入国制限に焦点を当てた。しかし、その強硬な姿勢とレトリックは、移民コミュニティに深い不安と恐怖を与え、米国内の分断を深刻化させた。特に、家族離散や難民受け入れ拒否といった人道上の問題は、米国の国際的なイメージを大きく損ねた。
長期的に見れば、トランプ政権の政策は、移民をめぐる米国の政治的対立をさらに深めた。国境の安全保障、経済への影響、文化的多様性といった移民問題の多面性が、政治的なイデオロギーと結びつき、国民の意見を二分する主要な争点であり続けている。また、これらの政策は、不法移民の地下経済への押し込みや、合法移民の米国外への流出といった意図しない結果も生み出す可能性を秘めている。
【要点】
1924年の移民法とドナルド・トランプ政権の移民政策は、それぞれ異なる時代背景と直接的な目的を持つものの、共通して排他主義的で自国中心的なナショナリズムを基盤としていた。両者は、特定の出身地や集団に対する制限、国民の不安感の利用、そして国境管理の強化という点で類似性を持つ。しかし、対象となる移民のタイプ、法的根拠、そして現代における国際的な人権規範の存在という点で重要な相違点も存在する。
1924年法は、米国の移民のあり方を根本から変え、その後の数十年にわたる人口構成と社会に大きな影響を与えた。トランプ政権の政策は、短期的な影響は大きかったものの、1924年法のような長期的な人口構成の劇的な変化を意図したものではなく、主に不法移民の取り締まりと安全保障に重点を置いた。
現代の米国は、過去の移民制限政策の反省と、多様性がもたらす強みという教訓の上に立っているはずであった。しかし、トランプ政権の移民政策は、20世紀初頭の排他的な感情の再燃を示唆するものであり、米国社会における移民をめぐる議論がいまだに歴史的な緊張を抱えていることを浮き彫りにした。今後、米国が多様性と包摂性を重視する価値観を再確認し、国際社会におけるリーダーシップを発揮できるかどうかは、移民をめぐる健全な議論と、公平で人道的な政策を構築できるかどうかにかかっている。
(*1)「プロテスタント系」とは、16世紀の宗教改革運動以降、ローマ・カトリック教会から分離して形成されたキリスト教の諸教派、およびその信徒の総称である。日本では「新教」とも呼ばれる。
主なプロテスタントの教派には、ルター派、改革派(長老派、会衆派など)、聖公会、バプテスト、メソジストなどがある。
アメリカ合衆国におけるプロテスタント系の位置づけ
アメリカ合衆国の建国と初期の発展において、プロテスタント系の移民は極めて重要な役割を果たした。
・初期の入植者: 17世紀に北アメリカ大陸に渡ったピルグリム・ファーザーズに代表されるように、初期のイギリス系入植者の多くは、本国での宗教的迫害を逃れてきたプロテスタント(特にピューリタン)であった。彼らは信仰の自由を求め、新しい社会を建設する上で、プロテスタントの倫理や価値観を深く根付かせた。
・WASP(ワスプ)の形成: 歴史的に、アメリカ社会の主流を形成してきたのは、「WASP(White Anglo-Saxon Protestant)」、すなわち「白人・アングロサクソン系・プロテスタント」であるとされてきた。彼らは建国以来、政治、経済、文化のあらゆる面で優位な地位を占め、その価値観がアメリカ社会の基準と見なされた。
・「旧移民」との関連: 19世紀半ばまでのアメリカへの移民は、主にイギリス、ドイツ、スカンディナビア諸国など、北欧・西欧からの人々が中心であった。これらの移民の多くはプロテスタント系であり、彼らは「旧移民」と呼ばれた。彼らは、アメリカ社会に比較的容易に同化し、主流派として受け入れられる傾向にあった。
・1924年移民法におけるプロテスタント系
1924年の移民法(ジョンソン=リード法)が制定された背景には、「旧移民」と「新移民」の対立があった。「新移民」とは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて増加した南ヨーロッパや東ヨーロッパからの移民を指し、これらの多くはカトリック教徒やユダヤ教徒、東方正教徒であった。
1924年法が1890年の国勢調査を基準とした割当制度を採用したのは、その時点ではまだ「新移民」の流入が本格化しておらず、アメリカ人口の大半をプロテスタント系の「旧移民」(イギリス、ドイツ、スカンディナビア諸国などからの移民)が占めていたためである。この法律は、意図的にこれらのプロテスタント系「旧移民」の出身地からの移民を優遇し、非プロテスタント系(特にカトリック系やユダヤ系)の「新移民」の流入を制限することで、アメリカ社会の「人種的・文化的・宗教的同質性」を維持しようとする強い意思が働いていたのである。
【引用・参照・底本】
1924ImmigrationAct.pdf
https://loveman.sdsu.edu/docs/1924ImmigrationAct.pdf
The Immigration Act of 1924(The Johnson-Reed Act)
https://history.state.gov/milestones/1921-1936/immigration-act
「ドーピング・ゲームズ」 ― 2025年05月25日 12:48
【概要】
「エンハンスド・ゲームズ」と称するスポーツイベントが2026年5月に米国ラスベガスで開催予定であり、これに対して世界的な警戒が必要であると主張している。
このイベントは、ステロイドや成長ホルモンなど、長期的に禁止されている物質の使用を選手に許可し、多額の賞金で選手を誘致しているため、広範な批判と非難を浴びている。世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の広報担当者であるジェームズ・フィッツジェラルドは、この取り組みを「危険かつ無責任」であると非難し、世界水泳連盟はこれを「近道の上に築かれたサーカス」であると非難した。中国アンチ・ドーピング機関は金曜日、ドーピングを「科学的進歩」の一形態として美化することに強く反対する声明を発表し、世界のスポーツ界に対し、このイベントを拒否するために団結するよう求めた。
「エンハンスド・ゲームズ」は、オーストラリアの起業家アーロン・デ・ソウザによって設立され、米国のラスベガスで開催される予定であり、アメリカの政治・ビジネス界の著名人からの資金援助を受けている。このイベントが他の場所ではなく米国で開催されることは偶然ではなく、米国におけるアンチ・ドーピング規制のシステム的失敗が集中して反映されたものであると述べている。長年にわたり、米国はアンチ・ドーピングの監視が断片的で混沌としていることで知られている。アメリカの選手の約90パーセント、特にプロリーグや大学スポーツの選手は、世界アンチ・ドーピング規程の管轄外で競技を行っている。
2024年9月、WADAは米国のアンチ・ドーピングシステムの「根本的な改革」を求めた。米国はロッチェンコフ反ドーピング法を世界中に域外適用しているにもかかわらず、皮肉にもアンチ・ドーピング違反の深刻な影響を受けている地域となっており、現在では「エンハンスド・ゲームズ」の出現も伴っている。
主催者がどのように言い換えようとも、「エンハンスド・ゲームズ」がスポーツ精神に対する露骨な汚点であり、世界的な運動規範への直接的な挑戦であり、人類社会の倫理的価値への脅威であるという事実は否定できない。このイベントは、「科学的進歩」と「人間の能力の限界を押し広げる」という美辞麗句に包まれているが、実際には、製薬会社、テクノロジー資本、エンターテイメントメディア、政治的ロビー団体が結託して、パフォーマンス向上薬の「合法化された」使用の実験場を作り出すという、非常に厄介な産業モデルによって推進されている。これは従来の意味でのスポーツイベントではなく、資本、テクノロジー、そして無制限の自由主義の共謀から生まれた過激な実験である。これを「エンハンスド・ゲームズ」と呼ぶよりも、「ドーピング・ゲームズ」と呼ぶ方がより正確であろうと、記事は主張している。
WADAの広報担当者であるジェームズ・フィッツジェラルドが述べたように、「エンハンスド・ゲームズ」は、エンターテイメントとマーケティングのために選手が強力な物質と方法を使用することを奨励しようとしている。数多くの研究が、アナボリックステロイドや成長ホルモンの長期使用が肝臓や腎臓の損傷、心血管疾患、さらには死に至る可能性があることを示している。しかし、「エンハンスド・ゲームズ」はこれらの潜在的な結果を露骨に無視し、選手の健康を危険にさらしており、これは警戒すべきレベルの無関心であると、記事は指摘している。
長年にわたり、国際オリンピック委員会などの多くの組織は、選手の健康保護、スポーツ精神の維持、公正な競争の確保への共通のコミットメントに基づいて、ステロイドなどの物質の世界的な禁止を支持してきた。「エンハンスド・ゲームズ」の出現は、この世界的なコンセンサスに挑戦しようとしている。
スポーツは単にスピードや強さだけではなく、公正さ、正義、そして人間の精神の回復力を象徴している。「エンハンスド・ゲームズ」が示す方向は、これらの価値に反するものである。それは「勝利」を薬物と資本に委ね、競争を違法技術の軍拡競争に変える。最も攻撃的な「強化計画」を持つ者が表彰台に上がるのだ。もしそうなれば、スポーツにどのような意味が残るのかと、記事は問いかけている。
米国の関係当局は、このイベントが開催されるのを阻止する責任がある。これは、国際規範、倫理原則、そして正義を守るための基本的な立場であるだけでなく、アメリカ社会、特にその若者の健康とスポーツ精神に対する義務であり、倫理的境界に挑戦する物議を醸す技術の実験場に米国がなることを避けるための義務でもあると、記事は主張している。
「エンハンスド・ゲームズ」の根底にあるイデオロギーは、アメリカ社会に存在する特定のテクノロジー過激主義の傾向と密接に一致している。このいわゆるスポーツ実験の背後には、人類の未来の夜明けではなく、露骨な資本主義的欲望とテクノロジー過激主義によって引き起こされた倫理的崩壊の明確な現れが見られる。したがって、これは世界のスポーツ倫理に対する挑発であるだけでなく、アメリカ社会における一種の加速に根ざした、より深いシステム的な「制御不能」の反映でもある。その影響はスポーツ自体をはるかに超えている。米国が「エンハンスド・ゲームズ」にどのように対応するかを世界は見守っていると、記事は締めくくっている。
【詳細】
1. ドーピングの公然たる容認とスポーツ精神の否定:
長期禁止物質の使用許可: 「エンハンスド・ゲームズ」は、ステロイドや成長ホルモンといった世界的に禁止されているパフォーマンス向上薬の使用を選手に公然と許可している。これはドーピングを「科学的進歩」として美化しようとする試みであり、スポーツの根本的な精神、すなわち公正な競争、人間の努力と才能の純粋な追求を根底から覆すものであると指摘されている。
「ドーピング・ゲームズ」としての実態: 主催者がいかに「科学的進歩」や「人間の限界を押し広げる」といったレトリックで飾ろうとも、このイベントは実質的に「ドーピング・ゲームズ」に他ならないと断じている。これは、勝利が薬物と資本にアウトソースされ、競争が違法な技術の軍拡競争と化すことを意味し、スポーツが持つ本来の意味を失わせると主張する。
倫理的価値への挑戦: 公正さ、正義、人間の精神の回復力といったスポーツの伝統的な価値に真っ向から反しており、人類社会の倫理的価値に対する直接的な挑戦であると見なされている。
2. 選手の健康への甚大なリスクと無責任さ:
健康被害の無視: アナボリックステロイドや成長ホルモンの長期使用が肝臓や腎臓の損傷、心血管疾患、さらには死に至る可能性があるという数多くの研究結果があるにもかかわらず、「エンハンスド・ゲームズ」はこれらの潜在的な結果を露骨に無視していると批判されている。これは選手の健康に対する「驚くべきレベルの無関心」であると指摘される。
「グラディエーター・ショー」化の危険性: 高額な賞金で選手を誘致し、危険な物質の使用を奨励することは、選手を商業的利益のための「グラディエーター・ショー」の駒として利用することに等しいと見なされている。
3. 米国におけるアンチ・ドーピング規制のシステム的失敗:
イベント開催地が米国であることの重要性: 「エンハンスド・ゲームズ」が他の場所ではなく米国で開催されることは偶然ではなく、米国におけるアンチ・ドーピング規制の「システム的失敗の集中した反映」であると社説は指摘している。
断片的で混沌とした監視体制: 米国は長年にわたり、アンチ・ドーピングの監視が断片的で混沌としていることで知られており、特にプロリーグや大学スポーツの選手の約90%が世界アンチ・ドーピング規程の管轄外で競技している状況が問題視されている。
ロッチェンコフ反ドーピング法との矛盾: 米国はロッチェンコフ反ドーピング法を世界中に適用しているにもかかわらず、自国内がアンチ・ドーピング違反の深刻な影響を受けている地域となっているという「皮肉」が強調されている。WADAが米国のアンチ・ドーピングシステムの「根本的な改革」を求めていることからも、その問題の根深さが示唆される。
4. 資本、テクノロジー、無制限の自由主義の共謀:
産業モデルとしての危険性: このイベントは、製薬会社、テクノロジー資本、エンターテイメントメディア、政治的ロビー団体が結託して、パフォーマンス向上薬の「合法化された」使用の実験場を作り出すという、非常に厄介な「産業モデル」によって推進されていると分析されている。
「テクノロジー過激主義」と倫理的崩壊: 「エンハンスド・ゲームズ」の根底にあるイデオロギーは、アメリカ社会に存在する特定の「テクノロジー過激主義」の傾向と密接に一致しており、これは「あからさまな資本主義的欲望とテクノロジー過激主義によって引き起こされた倫理的崩壊」の明確な現れであると指摘されている。
社会全体への影響と米国の責任: このイベントは単なるスポーツの倫理への挑戦にとどまらず、アメリカ社会におけるシステム的な「制御不能」の反映であり、その影響はスポーツの枠を超えて広がると警告している。そのため、米国の関係当局には、このイベントの開催を阻止する責任があり、これは国際規範、倫理原則、そして正義を守る義務であると同時に、アメリカ社会、特に若者の健康とスポーツ精神に対する義務であると主張している。
【要点】
1.ドーピングの公然たる容認とスポーツ精神の否定
・禁止物質の使用許可: ステロイドや成長ホルモンなど、世界的に禁止されているパフォーマンス向上薬の使用を公然と許可している。
・スポーツ精神への挑戦: ドーピングを「科学的進歩」として美化し、公正な競争や人間の努力というスポーツの根本精神を覆すものである。
・「ドーピング・ゲームズ」: 主催者のレトリックに関わらず、勝利が薬物と資本に依存する「ドーピング・ゲームズ」であり、スポーツ本来の意味を失わせると指摘している。
・倫理的価値への挑戦: 公正さ、正義、人間の回復力といったスポーツの伝統的価値に反し、人類社会の倫理的価値への直接的な挑戦である。
2.選手の健康への甚大なリスクと無責任さ
・健康被害の無視: 危険な薬物の使用が、肝臓や腎臓の損傷、心血管疾患、さらには死に至る可能性があるにもかかわらず、その潜在的な結果を無視していると批判している。
・選手の危険への無関心: 選手の健康に対する「驚くべきレベルの無関心」を示している。
3.米国におけるアンチ・ドーピング規制のシステム的失敗
・イベント開催地: 米国での開催は、同国におけるアンチ・ドーピング規制の「システム的失敗」を反映していると指摘。
・監視体制の欠陥: 米国はアンチ・ドーピングの監視が断片的で混沌としており、多くの選手が世界アンチ・ドーピング規程の管轄外で競技している状況を問題視している。
・法と実態の矛盾: ロッチェンコフ反ドーピング法を域外適用しているにもかかわらず、自国内がドーピング違反の深刻な地域となっている「皮肉」を強調している。
4.資本、テクノロジー、無制限の自由主義の共謀
・危険な産業モデル: 製薬会社、テクノロジー資本、エンターテイメントメディア、政治的ロビー団体が結託し、薬物使用の「合法化された」実験場を作り出す「厄介な産業モデル」であると分析している。
・「テクノロジー過激主義」: 米国社会に存在する「テクノロジー過激主義」の傾向と一致し、資本主義的欲望とテクノロジー過激主義による「倫理的崩壊」の現れであるとしている。
・広範な影響と米国の責任: スポーツ倫理への挑戦にとどまらず、米国社会におけるシステム的な「制御不能」の反映であり、その影響はスポーツの枠を超えると警告。米国当局には、このイベントの開催を阻止する責任があるとしている。
【桃源寸評】💚
ロッチェンコフ反ドーピング法(Rodchenkov Anti-Doping Act)は、2020年12月4日に当時のドナルド・トランプ大統領によって署名され、米国で成立した連邦法である。
この法律は、ロシアの国家ぐるみのドーピングプログラムを告発した元モスクワ反ドーピング研究所所長のグリゴリー・ロッチェンコフ氏にちなんで名付けられた。
主な特徴は以下の通りである。
・刑事罰の導入: 国際的なスポーツイベントにおけるドーピング詐欺の共謀に関与した個人に対して、刑事罰を科すことを目的としている。これは、ドーピング違反に対する従来のスポーツ機関による制裁(資格停止など)とは異なり、司法による罰則を伴う点が特徴である。
・域外適用(extraterritorial reach): この法律の最も特徴的かつ論争の的となっている点の一つが、その「域外適用」である。つまり、ドーピングに関する犯罪行為が米国外で行われた場合でも、それが米国の選手や国際的なスポーツイベントに影響を与える場合、米国の司法当局が訴追する権限を持つと規定されている。
対象者: 選手自身というよりも、ドーピングの計画や実行に関与したコーチ、代理人、栄養士、セラピスト、組織者、財政支援者など、共謀者とされる人物を主な対象としている。
・WADAとの関係: 世界アンチ・ドーピング機構(WADA)は、この法律の域外適用に関して懸念を表明している。WADAは、この法律が世界的なアンチ・ドーピングシステムの調和を損ない、各国の主権を侵害する可能性があると指摘している。また、米国が自国内のドーピング問題に目を向けずに、他国のドーピング行為に刑事管轄権を行使することに対する矛盾も指摘されることがある。
・目的: ロシアのドーピングスキャンダルを受けて、国際的なドーピング詐欺に対する米国の対応を強化し、クリーンなスポーツ環境を促進することを目的としている。
Global Timesの社説では、米国がこのロッチェンコフ反ドーピング法を世界中に域外適用しているにもかかわらず、皮肉にも自国が「エンハンスド・ゲームズ」のようなドーピングを公然と容認するイベントの出現を許しており、アンチ・ドーピング違反の深刻な影響を受けている地域となっている、という矛盾を指摘している。これは、米国のアンチ・ドーピング規制の「システム的失敗」の象徴として捉えられている。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
Emergence of ‘Enhanced Games’ deserves global vigilance: Global Times editorial GT 2025.05.23
https://www.globaltimes.cn/page/202505/1334752.shtml
「エンハンスド・ゲームズ」と称するスポーツイベントが2026年5月に米国ラスベガスで開催予定であり、これに対して世界的な警戒が必要であると主張している。
このイベントは、ステロイドや成長ホルモンなど、長期的に禁止されている物質の使用を選手に許可し、多額の賞金で選手を誘致しているため、広範な批判と非難を浴びている。世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の広報担当者であるジェームズ・フィッツジェラルドは、この取り組みを「危険かつ無責任」であると非難し、世界水泳連盟はこれを「近道の上に築かれたサーカス」であると非難した。中国アンチ・ドーピング機関は金曜日、ドーピングを「科学的進歩」の一形態として美化することに強く反対する声明を発表し、世界のスポーツ界に対し、このイベントを拒否するために団結するよう求めた。
「エンハンスド・ゲームズ」は、オーストラリアの起業家アーロン・デ・ソウザによって設立され、米国のラスベガスで開催される予定であり、アメリカの政治・ビジネス界の著名人からの資金援助を受けている。このイベントが他の場所ではなく米国で開催されることは偶然ではなく、米国におけるアンチ・ドーピング規制のシステム的失敗が集中して反映されたものであると述べている。長年にわたり、米国はアンチ・ドーピングの監視が断片的で混沌としていることで知られている。アメリカの選手の約90パーセント、特にプロリーグや大学スポーツの選手は、世界アンチ・ドーピング規程の管轄外で競技を行っている。
2024年9月、WADAは米国のアンチ・ドーピングシステムの「根本的な改革」を求めた。米国はロッチェンコフ反ドーピング法を世界中に域外適用しているにもかかわらず、皮肉にもアンチ・ドーピング違反の深刻な影響を受けている地域となっており、現在では「エンハンスド・ゲームズ」の出現も伴っている。
主催者がどのように言い換えようとも、「エンハンスド・ゲームズ」がスポーツ精神に対する露骨な汚点であり、世界的な運動規範への直接的な挑戦であり、人類社会の倫理的価値への脅威であるという事実は否定できない。このイベントは、「科学的進歩」と「人間の能力の限界を押し広げる」という美辞麗句に包まれているが、実際には、製薬会社、テクノロジー資本、エンターテイメントメディア、政治的ロビー団体が結託して、パフォーマンス向上薬の「合法化された」使用の実験場を作り出すという、非常に厄介な産業モデルによって推進されている。これは従来の意味でのスポーツイベントではなく、資本、テクノロジー、そして無制限の自由主義の共謀から生まれた過激な実験である。これを「エンハンスド・ゲームズ」と呼ぶよりも、「ドーピング・ゲームズ」と呼ぶ方がより正確であろうと、記事は主張している。
WADAの広報担当者であるジェームズ・フィッツジェラルドが述べたように、「エンハンスド・ゲームズ」は、エンターテイメントとマーケティングのために選手が強力な物質と方法を使用することを奨励しようとしている。数多くの研究が、アナボリックステロイドや成長ホルモンの長期使用が肝臓や腎臓の損傷、心血管疾患、さらには死に至る可能性があることを示している。しかし、「エンハンスド・ゲームズ」はこれらの潜在的な結果を露骨に無視し、選手の健康を危険にさらしており、これは警戒すべきレベルの無関心であると、記事は指摘している。
長年にわたり、国際オリンピック委員会などの多くの組織は、選手の健康保護、スポーツ精神の維持、公正な競争の確保への共通のコミットメントに基づいて、ステロイドなどの物質の世界的な禁止を支持してきた。「エンハンスド・ゲームズ」の出現は、この世界的なコンセンサスに挑戦しようとしている。
スポーツは単にスピードや強さだけではなく、公正さ、正義、そして人間の精神の回復力を象徴している。「エンハンスド・ゲームズ」が示す方向は、これらの価値に反するものである。それは「勝利」を薬物と資本に委ね、競争を違法技術の軍拡競争に変える。最も攻撃的な「強化計画」を持つ者が表彰台に上がるのだ。もしそうなれば、スポーツにどのような意味が残るのかと、記事は問いかけている。
米国の関係当局は、このイベントが開催されるのを阻止する責任がある。これは、国際規範、倫理原則、そして正義を守るための基本的な立場であるだけでなく、アメリカ社会、特にその若者の健康とスポーツ精神に対する義務であり、倫理的境界に挑戦する物議を醸す技術の実験場に米国がなることを避けるための義務でもあると、記事は主張している。
「エンハンスド・ゲームズ」の根底にあるイデオロギーは、アメリカ社会に存在する特定のテクノロジー過激主義の傾向と密接に一致している。このいわゆるスポーツ実験の背後には、人類の未来の夜明けではなく、露骨な資本主義的欲望とテクノロジー過激主義によって引き起こされた倫理的崩壊の明確な現れが見られる。したがって、これは世界のスポーツ倫理に対する挑発であるだけでなく、アメリカ社会における一種の加速に根ざした、より深いシステム的な「制御不能」の反映でもある。その影響はスポーツ自体をはるかに超えている。米国が「エンハンスド・ゲームズ」にどのように対応するかを世界は見守っていると、記事は締めくくっている。
【詳細】
1. ドーピングの公然たる容認とスポーツ精神の否定:
長期禁止物質の使用許可: 「エンハンスド・ゲームズ」は、ステロイドや成長ホルモンといった世界的に禁止されているパフォーマンス向上薬の使用を選手に公然と許可している。これはドーピングを「科学的進歩」として美化しようとする試みであり、スポーツの根本的な精神、すなわち公正な競争、人間の努力と才能の純粋な追求を根底から覆すものであると指摘されている。
「ドーピング・ゲームズ」としての実態: 主催者がいかに「科学的進歩」や「人間の限界を押し広げる」といったレトリックで飾ろうとも、このイベントは実質的に「ドーピング・ゲームズ」に他ならないと断じている。これは、勝利が薬物と資本にアウトソースされ、競争が違法な技術の軍拡競争と化すことを意味し、スポーツが持つ本来の意味を失わせると主張する。
倫理的価値への挑戦: 公正さ、正義、人間の精神の回復力といったスポーツの伝統的な価値に真っ向から反しており、人類社会の倫理的価値に対する直接的な挑戦であると見なされている。
2. 選手の健康への甚大なリスクと無責任さ:
健康被害の無視: アナボリックステロイドや成長ホルモンの長期使用が肝臓や腎臓の損傷、心血管疾患、さらには死に至る可能性があるという数多くの研究結果があるにもかかわらず、「エンハンスド・ゲームズ」はこれらの潜在的な結果を露骨に無視していると批判されている。これは選手の健康に対する「驚くべきレベルの無関心」であると指摘される。
「グラディエーター・ショー」化の危険性: 高額な賞金で選手を誘致し、危険な物質の使用を奨励することは、選手を商業的利益のための「グラディエーター・ショー」の駒として利用することに等しいと見なされている。
3. 米国におけるアンチ・ドーピング規制のシステム的失敗:
イベント開催地が米国であることの重要性: 「エンハンスド・ゲームズ」が他の場所ではなく米国で開催されることは偶然ではなく、米国におけるアンチ・ドーピング規制の「システム的失敗の集中した反映」であると社説は指摘している。
断片的で混沌とした監視体制: 米国は長年にわたり、アンチ・ドーピングの監視が断片的で混沌としていることで知られており、特にプロリーグや大学スポーツの選手の約90%が世界アンチ・ドーピング規程の管轄外で競技している状況が問題視されている。
ロッチェンコフ反ドーピング法との矛盾: 米国はロッチェンコフ反ドーピング法を世界中に適用しているにもかかわらず、自国内がアンチ・ドーピング違反の深刻な影響を受けている地域となっているという「皮肉」が強調されている。WADAが米国のアンチ・ドーピングシステムの「根本的な改革」を求めていることからも、その問題の根深さが示唆される。
4. 資本、テクノロジー、無制限の自由主義の共謀:
産業モデルとしての危険性: このイベントは、製薬会社、テクノロジー資本、エンターテイメントメディア、政治的ロビー団体が結託して、パフォーマンス向上薬の「合法化された」使用の実験場を作り出すという、非常に厄介な「産業モデル」によって推進されていると分析されている。
「テクノロジー過激主義」と倫理的崩壊: 「エンハンスド・ゲームズ」の根底にあるイデオロギーは、アメリカ社会に存在する特定の「テクノロジー過激主義」の傾向と密接に一致しており、これは「あからさまな資本主義的欲望とテクノロジー過激主義によって引き起こされた倫理的崩壊」の明確な現れであると指摘されている。
社会全体への影響と米国の責任: このイベントは単なるスポーツの倫理への挑戦にとどまらず、アメリカ社会におけるシステム的な「制御不能」の反映であり、その影響はスポーツの枠を超えて広がると警告している。そのため、米国の関係当局には、このイベントの開催を阻止する責任があり、これは国際規範、倫理原則、そして正義を守る義務であると同時に、アメリカ社会、特に若者の健康とスポーツ精神に対する義務であると主張している。
【要点】
1.ドーピングの公然たる容認とスポーツ精神の否定
・禁止物質の使用許可: ステロイドや成長ホルモンなど、世界的に禁止されているパフォーマンス向上薬の使用を公然と許可している。
・スポーツ精神への挑戦: ドーピングを「科学的進歩」として美化し、公正な競争や人間の努力というスポーツの根本精神を覆すものである。
・「ドーピング・ゲームズ」: 主催者のレトリックに関わらず、勝利が薬物と資本に依存する「ドーピング・ゲームズ」であり、スポーツ本来の意味を失わせると指摘している。
・倫理的価値への挑戦: 公正さ、正義、人間の回復力といったスポーツの伝統的価値に反し、人類社会の倫理的価値への直接的な挑戦である。
2.選手の健康への甚大なリスクと無責任さ
・健康被害の無視: 危険な薬物の使用が、肝臓や腎臓の損傷、心血管疾患、さらには死に至る可能性があるにもかかわらず、その潜在的な結果を無視していると批判している。
・選手の危険への無関心: 選手の健康に対する「驚くべきレベルの無関心」を示している。
3.米国におけるアンチ・ドーピング規制のシステム的失敗
・イベント開催地: 米国での開催は、同国におけるアンチ・ドーピング規制の「システム的失敗」を反映していると指摘。
・監視体制の欠陥: 米国はアンチ・ドーピングの監視が断片的で混沌としており、多くの選手が世界アンチ・ドーピング規程の管轄外で競技している状況を問題視している。
・法と実態の矛盾: ロッチェンコフ反ドーピング法を域外適用しているにもかかわらず、自国内がドーピング違反の深刻な地域となっている「皮肉」を強調している。
4.資本、テクノロジー、無制限の自由主義の共謀
・危険な産業モデル: 製薬会社、テクノロジー資本、エンターテイメントメディア、政治的ロビー団体が結託し、薬物使用の「合法化された」実験場を作り出す「厄介な産業モデル」であると分析している。
・「テクノロジー過激主義」: 米国社会に存在する「テクノロジー過激主義」の傾向と一致し、資本主義的欲望とテクノロジー過激主義による「倫理的崩壊」の現れであるとしている。
・広範な影響と米国の責任: スポーツ倫理への挑戦にとどまらず、米国社会におけるシステム的な「制御不能」の反映であり、その影響はスポーツの枠を超えると警告。米国当局には、このイベントの開催を阻止する責任があるとしている。
【桃源寸評】💚
ロッチェンコフ反ドーピング法(Rodchenkov Anti-Doping Act)は、2020年12月4日に当時のドナルド・トランプ大統領によって署名され、米国で成立した連邦法である。
この法律は、ロシアの国家ぐるみのドーピングプログラムを告発した元モスクワ反ドーピング研究所所長のグリゴリー・ロッチェンコフ氏にちなんで名付けられた。
主な特徴は以下の通りである。
・刑事罰の導入: 国際的なスポーツイベントにおけるドーピング詐欺の共謀に関与した個人に対して、刑事罰を科すことを目的としている。これは、ドーピング違反に対する従来のスポーツ機関による制裁(資格停止など)とは異なり、司法による罰則を伴う点が特徴である。
・域外適用(extraterritorial reach): この法律の最も特徴的かつ論争の的となっている点の一つが、その「域外適用」である。つまり、ドーピングに関する犯罪行為が米国外で行われた場合でも、それが米国の選手や国際的なスポーツイベントに影響を与える場合、米国の司法当局が訴追する権限を持つと規定されている。
対象者: 選手自身というよりも、ドーピングの計画や実行に関与したコーチ、代理人、栄養士、セラピスト、組織者、財政支援者など、共謀者とされる人物を主な対象としている。
・WADAとの関係: 世界アンチ・ドーピング機構(WADA)は、この法律の域外適用に関して懸念を表明している。WADAは、この法律が世界的なアンチ・ドーピングシステムの調和を損ない、各国の主権を侵害する可能性があると指摘している。また、米国が自国内のドーピング問題に目を向けずに、他国のドーピング行為に刑事管轄権を行使することに対する矛盾も指摘されることがある。
・目的: ロシアのドーピングスキャンダルを受けて、国際的なドーピング詐欺に対する米国の対応を強化し、クリーンなスポーツ環境を促進することを目的としている。
Global Timesの社説では、米国がこのロッチェンコフ反ドーピング法を世界中に域外適用しているにもかかわらず、皮肉にも自国が「エンハンスド・ゲームズ」のようなドーピングを公然と容認するイベントの出現を許しており、アンチ・ドーピング違反の深刻な影響を受けている地域となっている、という矛盾を指摘している。これは、米国のアンチ・ドーピング規制の「システム的失敗」の象徴として捉えられている。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
Emergence of ‘Enhanced Games’ deserves global vigilance: Global Times editorial GT 2025.05.23
https://www.globaltimes.cn/page/202505/1334752.shtml
G7:黄昏のグループ ― 2025年05月25日 18:49
【概要】
2025年5月21日から23日にかけて、カナダ・アルバータ州バンフで開催されたG7財務相・中央銀行総裁会議において、米国がもはやG7内で絶対的な主導権を持っていないという変化が見られた。この会議の公式議題は「経済安全保障」「ウクライナ支援」「人工知能」であったが、実際には、他のG7加盟国が米国の強引なリーダーシップに対して静かな抵抗を示していたとされる。
表面的には結束が演出されたものの、関税政策や対中戦略をめぐって、グループ内に深刻な対立が生じていることが明らかとなった。現米国政府が掲げる「相互主義的関税」の方針に対しては、G7内でも不満や抵抗感が広がっている。米国の最も親密な同盟国ですら、自動的な忠誠心から距離を置こうとし始めている。
会議前にロイター通信が報じたところによれば、他の6カ国の閣僚らは、米国財務長官スコット・ベセント氏に対し、自国は米国の最も近しい同盟国であるが、米国から圧力を受けている状況下で中国に経済的圧力を加えることは困難であるという点を、婉曲に伝える意向を持っていたとされる。
また、「経済安全保障」という米国の主張も、G7内では説得力を失いつつある。米国は、国家安全保障を名目に貿易政策を武器化し、関税を交渉の手段として利用しており、政府主導の産業政策を米国内製造業の回帰戦略の中心に据えている。このような米国の例外主義的な姿勢は、G7が合意形成を重視する集団として機能するうえで障害となっている。
ベセント氏は、現政権内では穏健派と見なされているものの、今回のG7会議の流れは、彼であっても米国の指導力低下を食い止めることが困難であることを示している。
ニューヨーク・タイムズ紙によれば、ベセント氏は「基本に立ち返り、経済の不均衡や非市場的慣行に対応すべき」と主張する予定であると、米財務省の報道官のコメントを引用して報じている。しかし、G7加盟国の多くは、むしろ自国経済に悪影響を及ぼしている米国の関税政策への対応に関心を寄せていた。
対中国政策に関しては、G7内部に統一された見解は存在せず、中国に関する公式声明に用いられる表現も、グループ内の対立を悪化させないよう慎重に選ばれている。
G7はもはや、冷戦期における米国の戦略的道具や、世界秩序を設計するための指令センターではない。現在では、内部の整合性を保ち、合意を維持するために慎重な対応を強いられる象徴的な集団となっており、その将来も不透明である。
現在、米国と他のG7加盟国の間にある最も根本的な対立は、優先事項をめぐる違いではなく、世界観そのものである。米国は依然としてトップダウン型の指令的なアプローチを取っているのに対し、他の国々は合意形成とバランスの取れた利害調整を重視する傾向を強めている。この違いは、「アメリカ・ファースト」主義の継続によってさらに強調されている。
G7は現在、緩やかではあるが避けられない変革の過程にある。グローバル化と地政学の構造的変化の中で、各国は力のバランスの変化、特に中国の急速な台頭を認識し始めており、特定の国の戦略的課題に対して代償を払う意欲を徐々に失っている。これらの動向は、世界が真の多極化へと進んでいるという現実を示している。
【詳細】
会議の開催と公式議題
2025年5月21日から23日までの3日間、カナダのアルバータ州バンフにおいてG7財務相・中央銀行総裁会議が開催された。公式には、「経済安全保障」「ウクライナ支援」「人工知能」という3つの主要議題が掲げられていた。しかし、実際の会議の舞台裏では、米国の主導的立場に対して他の加盟国が徐々に距離を取り始めていることが露呈されたと、論説は指摘している。
米国への反発とG7内の不協和音
近年、米国政府は従来の自由貿易推進路線から転じ、いわゆる「相互主義的関税(reciprocal tariffs)」を掲げて、他国に対して自国の経済的利益に即した圧力をかけている。このような米国の一方的な通商政策が、G7加盟国の中でも特に不快感を招いており、従来のような自動的な同盟的姿勢が後退している。
ロイター通信によれば、G7における他の6カ国の閣僚たちは、米国財務長官スコット・ベセント氏に対して、「我々は米国の最も近い同盟国であるが、米国からの経済的圧力を受けている状態で、さらに中国に対して経済的圧力を加えることは現実的に困難である」という趣旨を、婉曲な表現で伝えようとしたとされる。
「経済安全保障」の名の下での米国の通商政策
米国は国家安全保障を名目に、関税を交渉のための道具として使用しており、その姿勢は「経済安全保障」という概念に包摂されている。このような政策は、自由貿易や協調を重視してきたG7の原則とは本質的に相容れないものであり、同盟国間の信頼を損ねる結果を招いている。さらに、米国は政府主導の産業政策を強化し、国内製造業の復活を推進しているが、これも多くのG7加盟国にとっては懸念材料となっている。
こうした米国の姿勢は、かつての「合意形成型」リーダーシップとは異なり、他国に選択の余地を与えない「押し付け型」のリーダーシップであると認識されつつあり、G7における米国の影響力に対する不信感を生んでいる。
財務長官ベセント氏の立場と限界
スコット・ベセント氏は、現政権内では比較的穏健な人物として評価されているが、今回の会議の展開は、彼個人の手腕をもってしても、米国のリーダーシップの低下を食い止めることができなかったことを示している。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、ベセント氏は「基本に立ち返り、経済の不均衡や非市場的慣行に対応すべき」と述べたとされるが、他の加盟国の関心はむしろ、米国の関税政策によって自国経済が被る損害の軽減に向けられていた。
対中国政策における亀裂
対中政策に関しても、G7内部では一枚岩ではなく、公式声明で用いられた中国に関する表現も、内部の分裂を避けるために慎重に調整されたものであった。すなわち、G7加盟国間で中国に対する認識や対応方針が一致していないことが明確となった。
G7の機能低下と象徴化
シェン氏は、G7がかつてのように米国の冷戦戦略に基づいた便利な戦略的枠組みでもなく、世界秩序を設計・指揮するグローバルな司令塔でもなくなったと述べている。現在のG7は、合意をかろうじて維持するための象徴的な存在となっており、その機能は弱体化しつつある。
世界観の根本的相違と「アメリカ・ファースト」
現在のG7において最も根深い対立は、個々の政策課題の優先順位ではなく、各国が持つ「世界観」の違いである。米国は依然として中央集権的で命令的なリーダーシップを志向しているのに対し、他のG7加盟国はより水平的で、相互の利害のバランスを重視する傾向を強めている。この相違は、トランプ政権期に象徴的となった「アメリカ・ファースト」的思考が依然として続いていることによって、さらに明確になっている。
多極化への移行とG7の未来
シェン氏は、G7が現在ゆるやかではあるが不可逆的な変容の過程にあるとし、グローバル化と地政学が構造的に変化する中で、各加盟国が力の均衡の変化を実感していると指摘している。とりわけ、中国の急速な台頭を受け、G7諸国はもはや一国(特に米国)の戦略に従って代償を払う意欲を失いつつある。
以上の状況を背景として、シェン氏は、世界が「真の多極化」へと向かっている現実を浮き彫りにしていると結論付けている。
【要点】
G7会議の背景と開催概要
・2025年5月21日~23日、カナダ・バンフにてG7財務相・中央銀行総裁会議が開催された。
・公式議題は「経済安全保障」「ウクライナ支援」「人工知能」であった。
表面的な結束と実際の対立
・公の場では一体感が演出されたが、実際には米国の主導に対する他国の静かな反発が会議の裏側で進行していた。
・特に貿易政策や対中戦略において、加盟国間の見解の相違が顕著であった。
米国の関税政策に対する不満
・現米国政府は「相互主義的関税」を推進しており、これが同盟国の反感を買っている。
・G7加盟国は、米国から経済的圧力を受けながら中国にも圧力をかけるよう求められることに困難を感じている。
経済安全保障の名の下での強硬政策
・米国は国家安全保障を理由に貿易を武器化し、関税を交渉手段として使用している。
・政府主導の産業政策を通じて製造業の国内回帰を目指しており、これがG7内の協調を妨げている。
ベセント財務長官の立場と限界
・スコット・ベセント氏は穏健派とされるが、米国の指導力低下を覆すには至らなかった。
・「基本に立ち返るべき」と主張したが、他国は米国の政策による悪影響への対応に注力していた。
G7の対中姿勢の分裂
・G7内には中国に対する統一見解がなく、公式声明も内部の亀裂を反映しないよう慎重に表現されていた。
G7の地位と役割の変化
・G7は冷戦期のような米国の戦略的ツールではなくなり、世界秩序の設計者としての機能も失いつつある。
・内部の結束を維持すること自体が課題となり、象徴的な存在にとどまっている。
米国と他の加盟国との根本的な価値観の違い
・米国は命令型・中央集権型の「指令的世界観」に基づく行動を継続している。
・他のG7諸国は合意形成・利害のバランスを重視し、より多元的なアプローチを採る傾向が強まっている。
「アメリカ・ファースト」の影響
・トランプ政権以降の「アメリカ・ファースト」路線が今なお米国外交の基本姿勢として継続されており、他国との乖離を生んでいる。
世界の多極化とG7の変容
・世界は構造的な地政学的変化とともに、真の多極化へと移行しつつある。
・各国は中国の台頭を認識しており、米国の戦略に従って代償を負うことを拒む動きが顕在化している。
・G7は緩やかだが避けられない変化の中にあり、その一体性と主導性が揺らいでいる。
【桃源寸評】💚
G7が国際社会で影響力を失いつつある構造的理由
1.G7の歴史的性格と覇権構造
・G7(主要7カ国)は、1970年代以降、先進工業国による経済的・金融的秩序の維持を目的として形成された集団である。
・その根幹は、冷戦下における西側陣営の協調と、世界経済における支配的地位の維持にあった。
・特にグローバル・サウス(途上国・新興国)に対しては、しばしば債務管理、通貨政策、開発支援といった名目で介入し、自国の利益を優先する構造が築かれてきた。
2.グローバリゼーションの果実の収奪
・G7諸国は、世界の経済成長の果実をdisproportionatelyに享受してきた。
・グローバル・バリューチェーンの構築、IMFや世界銀行を通じた金融支配、ドル基軸体制の維持等を通じ、世界経済を自国に有利な形で運営してきた。
・このような枠組みは、発展途上国に不均衡な負担を課し、構造的格差を固定化した。
3.新興国の台頭と多極化の進行
・21世紀に入り、中国、インド、ブラジル、ロシア、南アフリカなどの新興経済国が経済力・政治的影響力を増大させている。
・こうした国々は、BRICSや上海協力機構など、G7とは異なる枠組みで連携を強化しており、G7主導の世界秩序への信頼は急速に後退している。
・結果として、G7の決定が国際社会全体の「規範」や「ルール」として通用しにくくなっている。
4.G7内部の求心力の低下と分裂
・米国が従来の「リベラルな国際秩序」の旗手としての姿勢を放棄し、「アメリカ・ファースト」的政策に傾倒したことで、G7内部の結束は動揺している。
・他の加盟国(ドイツ、フランス、日本など)も、それぞれ独自の国益や対中関係、エネルギー戦略に基づく判断を強めており、「G7=西側の単一意思」ではなくなりつつある。
5.象徴的地位の希薄化
・G7は現在、「先進国クラブ」としての象徴的意味を保持しているにすぎず、グローバル・ガバナンスの実効的枠組みとは言い難い。
・国連、G20、BRICS+など、より多様なステークホルダーを包含する組織体の重要性が増す中、G7は「時代遅れの利益共同体」としての限界を露呈している。
6.「食い物にした」ことへの反発と正統性の喪失
・G7は長年、グローバル・サウスの資源、労働力、市場を搾取的に利用してきたとの批判が根強い。
・今日、その構造的不正義に対する反発は、国際政治、経済、文化の各領域で噴出しており、G7の「道徳的正統性」は大きく揺らいでいる。
まとめ
G7の影響力低下は、単に米国一国のリーダーシップ喪失によるものではなく、G7という枠組み自体が、歴史的に築いてきた「特権的地位」や「支配構造」に対する国際社会からの反発と、多極化という不可逆的な潮流の中で意味を失いつつあることを示している。
その背景には、世界を長年「食い物」にしてきたという構造的な不平等への認識がある。よって、「米国の影響力の低下」は現象に過ぎず、本質はG7全体の体制疲労と正統性喪失にある。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
Is the US losing its sway in the G7? GT 2025.05.23
https://www.globaltimes.cn/page/202505/1334746.shtml
2025年5月21日から23日にかけて、カナダ・アルバータ州バンフで開催されたG7財務相・中央銀行総裁会議において、米国がもはやG7内で絶対的な主導権を持っていないという変化が見られた。この会議の公式議題は「経済安全保障」「ウクライナ支援」「人工知能」であったが、実際には、他のG7加盟国が米国の強引なリーダーシップに対して静かな抵抗を示していたとされる。
表面的には結束が演出されたものの、関税政策や対中戦略をめぐって、グループ内に深刻な対立が生じていることが明らかとなった。現米国政府が掲げる「相互主義的関税」の方針に対しては、G7内でも不満や抵抗感が広がっている。米国の最も親密な同盟国ですら、自動的な忠誠心から距離を置こうとし始めている。
会議前にロイター通信が報じたところによれば、他の6カ国の閣僚らは、米国財務長官スコット・ベセント氏に対し、自国は米国の最も近しい同盟国であるが、米国から圧力を受けている状況下で中国に経済的圧力を加えることは困難であるという点を、婉曲に伝える意向を持っていたとされる。
また、「経済安全保障」という米国の主張も、G7内では説得力を失いつつある。米国は、国家安全保障を名目に貿易政策を武器化し、関税を交渉の手段として利用しており、政府主導の産業政策を米国内製造業の回帰戦略の中心に据えている。このような米国の例外主義的な姿勢は、G7が合意形成を重視する集団として機能するうえで障害となっている。
ベセント氏は、現政権内では穏健派と見なされているものの、今回のG7会議の流れは、彼であっても米国の指導力低下を食い止めることが困難であることを示している。
ニューヨーク・タイムズ紙によれば、ベセント氏は「基本に立ち返り、経済の不均衡や非市場的慣行に対応すべき」と主張する予定であると、米財務省の報道官のコメントを引用して報じている。しかし、G7加盟国の多くは、むしろ自国経済に悪影響を及ぼしている米国の関税政策への対応に関心を寄せていた。
対中国政策に関しては、G7内部に統一された見解は存在せず、中国に関する公式声明に用いられる表現も、グループ内の対立を悪化させないよう慎重に選ばれている。
G7はもはや、冷戦期における米国の戦略的道具や、世界秩序を設計するための指令センターではない。現在では、内部の整合性を保ち、合意を維持するために慎重な対応を強いられる象徴的な集団となっており、その将来も不透明である。
現在、米国と他のG7加盟国の間にある最も根本的な対立は、優先事項をめぐる違いではなく、世界観そのものである。米国は依然としてトップダウン型の指令的なアプローチを取っているのに対し、他の国々は合意形成とバランスの取れた利害調整を重視する傾向を強めている。この違いは、「アメリカ・ファースト」主義の継続によってさらに強調されている。
G7は現在、緩やかではあるが避けられない変革の過程にある。グローバル化と地政学の構造的変化の中で、各国は力のバランスの変化、特に中国の急速な台頭を認識し始めており、特定の国の戦略的課題に対して代償を払う意欲を徐々に失っている。これらの動向は、世界が真の多極化へと進んでいるという現実を示している。
【詳細】
会議の開催と公式議題
2025年5月21日から23日までの3日間、カナダのアルバータ州バンフにおいてG7財務相・中央銀行総裁会議が開催された。公式には、「経済安全保障」「ウクライナ支援」「人工知能」という3つの主要議題が掲げられていた。しかし、実際の会議の舞台裏では、米国の主導的立場に対して他の加盟国が徐々に距離を取り始めていることが露呈されたと、論説は指摘している。
米国への反発とG7内の不協和音
近年、米国政府は従来の自由貿易推進路線から転じ、いわゆる「相互主義的関税(reciprocal tariffs)」を掲げて、他国に対して自国の経済的利益に即した圧力をかけている。このような米国の一方的な通商政策が、G7加盟国の中でも特に不快感を招いており、従来のような自動的な同盟的姿勢が後退している。
ロイター通信によれば、G7における他の6カ国の閣僚たちは、米国財務長官スコット・ベセント氏に対して、「我々は米国の最も近い同盟国であるが、米国からの経済的圧力を受けている状態で、さらに中国に対して経済的圧力を加えることは現実的に困難である」という趣旨を、婉曲な表現で伝えようとしたとされる。
「経済安全保障」の名の下での米国の通商政策
米国は国家安全保障を名目に、関税を交渉のための道具として使用しており、その姿勢は「経済安全保障」という概念に包摂されている。このような政策は、自由貿易や協調を重視してきたG7の原則とは本質的に相容れないものであり、同盟国間の信頼を損ねる結果を招いている。さらに、米国は政府主導の産業政策を強化し、国内製造業の復活を推進しているが、これも多くのG7加盟国にとっては懸念材料となっている。
こうした米国の姿勢は、かつての「合意形成型」リーダーシップとは異なり、他国に選択の余地を与えない「押し付け型」のリーダーシップであると認識されつつあり、G7における米国の影響力に対する不信感を生んでいる。
財務長官ベセント氏の立場と限界
スコット・ベセント氏は、現政権内では比較的穏健な人物として評価されているが、今回の会議の展開は、彼個人の手腕をもってしても、米国のリーダーシップの低下を食い止めることができなかったことを示している。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、ベセント氏は「基本に立ち返り、経済の不均衡や非市場的慣行に対応すべき」と述べたとされるが、他の加盟国の関心はむしろ、米国の関税政策によって自国経済が被る損害の軽減に向けられていた。
対中国政策における亀裂
対中政策に関しても、G7内部では一枚岩ではなく、公式声明で用いられた中国に関する表現も、内部の分裂を避けるために慎重に調整されたものであった。すなわち、G7加盟国間で中国に対する認識や対応方針が一致していないことが明確となった。
G7の機能低下と象徴化
シェン氏は、G7がかつてのように米国の冷戦戦略に基づいた便利な戦略的枠組みでもなく、世界秩序を設計・指揮するグローバルな司令塔でもなくなったと述べている。現在のG7は、合意をかろうじて維持するための象徴的な存在となっており、その機能は弱体化しつつある。
世界観の根本的相違と「アメリカ・ファースト」
現在のG7において最も根深い対立は、個々の政策課題の優先順位ではなく、各国が持つ「世界観」の違いである。米国は依然として中央集権的で命令的なリーダーシップを志向しているのに対し、他のG7加盟国はより水平的で、相互の利害のバランスを重視する傾向を強めている。この相違は、トランプ政権期に象徴的となった「アメリカ・ファースト」的思考が依然として続いていることによって、さらに明確になっている。
多極化への移行とG7の未来
シェン氏は、G7が現在ゆるやかではあるが不可逆的な変容の過程にあるとし、グローバル化と地政学が構造的に変化する中で、各加盟国が力の均衡の変化を実感していると指摘している。とりわけ、中国の急速な台頭を受け、G7諸国はもはや一国(特に米国)の戦略に従って代償を払う意欲を失いつつある。
以上の状況を背景として、シェン氏は、世界が「真の多極化」へと向かっている現実を浮き彫りにしていると結論付けている。
【要点】
G7会議の背景と開催概要
・2025年5月21日~23日、カナダ・バンフにてG7財務相・中央銀行総裁会議が開催された。
・公式議題は「経済安全保障」「ウクライナ支援」「人工知能」であった。
表面的な結束と実際の対立
・公の場では一体感が演出されたが、実際には米国の主導に対する他国の静かな反発が会議の裏側で進行していた。
・特に貿易政策や対中戦略において、加盟国間の見解の相違が顕著であった。
米国の関税政策に対する不満
・現米国政府は「相互主義的関税」を推進しており、これが同盟国の反感を買っている。
・G7加盟国は、米国から経済的圧力を受けながら中国にも圧力をかけるよう求められることに困難を感じている。
経済安全保障の名の下での強硬政策
・米国は国家安全保障を理由に貿易を武器化し、関税を交渉手段として使用している。
・政府主導の産業政策を通じて製造業の国内回帰を目指しており、これがG7内の協調を妨げている。
ベセント財務長官の立場と限界
・スコット・ベセント氏は穏健派とされるが、米国の指導力低下を覆すには至らなかった。
・「基本に立ち返るべき」と主張したが、他国は米国の政策による悪影響への対応に注力していた。
G7の対中姿勢の分裂
・G7内には中国に対する統一見解がなく、公式声明も内部の亀裂を反映しないよう慎重に表現されていた。
G7の地位と役割の変化
・G7は冷戦期のような米国の戦略的ツールではなくなり、世界秩序の設計者としての機能も失いつつある。
・内部の結束を維持すること自体が課題となり、象徴的な存在にとどまっている。
米国と他の加盟国との根本的な価値観の違い
・米国は命令型・中央集権型の「指令的世界観」に基づく行動を継続している。
・他のG7諸国は合意形成・利害のバランスを重視し、より多元的なアプローチを採る傾向が強まっている。
「アメリカ・ファースト」の影響
・トランプ政権以降の「アメリカ・ファースト」路線が今なお米国外交の基本姿勢として継続されており、他国との乖離を生んでいる。
世界の多極化とG7の変容
・世界は構造的な地政学的変化とともに、真の多極化へと移行しつつある。
・各国は中国の台頭を認識しており、米国の戦略に従って代償を負うことを拒む動きが顕在化している。
・G7は緩やかだが避けられない変化の中にあり、その一体性と主導性が揺らいでいる。
【桃源寸評】💚
G7が国際社会で影響力を失いつつある構造的理由
1.G7の歴史的性格と覇権構造
・G7(主要7カ国)は、1970年代以降、先進工業国による経済的・金融的秩序の維持を目的として形成された集団である。
・その根幹は、冷戦下における西側陣営の協調と、世界経済における支配的地位の維持にあった。
・特にグローバル・サウス(途上国・新興国)に対しては、しばしば債務管理、通貨政策、開発支援といった名目で介入し、自国の利益を優先する構造が築かれてきた。
2.グローバリゼーションの果実の収奪
・G7諸国は、世界の経済成長の果実をdisproportionatelyに享受してきた。
・グローバル・バリューチェーンの構築、IMFや世界銀行を通じた金融支配、ドル基軸体制の維持等を通じ、世界経済を自国に有利な形で運営してきた。
・このような枠組みは、発展途上国に不均衡な負担を課し、構造的格差を固定化した。
3.新興国の台頭と多極化の進行
・21世紀に入り、中国、インド、ブラジル、ロシア、南アフリカなどの新興経済国が経済力・政治的影響力を増大させている。
・こうした国々は、BRICSや上海協力機構など、G7とは異なる枠組みで連携を強化しており、G7主導の世界秩序への信頼は急速に後退している。
・結果として、G7の決定が国際社会全体の「規範」や「ルール」として通用しにくくなっている。
4.G7内部の求心力の低下と分裂
・米国が従来の「リベラルな国際秩序」の旗手としての姿勢を放棄し、「アメリカ・ファースト」的政策に傾倒したことで、G7内部の結束は動揺している。
・他の加盟国(ドイツ、フランス、日本など)も、それぞれ独自の国益や対中関係、エネルギー戦略に基づく判断を強めており、「G7=西側の単一意思」ではなくなりつつある。
5.象徴的地位の希薄化
・G7は現在、「先進国クラブ」としての象徴的意味を保持しているにすぎず、グローバル・ガバナンスの実効的枠組みとは言い難い。
・国連、G20、BRICS+など、より多様なステークホルダーを包含する組織体の重要性が増す中、G7は「時代遅れの利益共同体」としての限界を露呈している。
6.「食い物にした」ことへの反発と正統性の喪失
・G7は長年、グローバル・サウスの資源、労働力、市場を搾取的に利用してきたとの批判が根強い。
・今日、その構造的不正義に対する反発は、国際政治、経済、文化の各領域で噴出しており、G7の「道徳的正統性」は大きく揺らいでいる。
まとめ
G7の影響力低下は、単に米国一国のリーダーシップ喪失によるものではなく、G7という枠組み自体が、歴史的に築いてきた「特権的地位」や「支配構造」に対する国際社会からの反発と、多極化という不可逆的な潮流の中で意味を失いつつあることを示している。
その背景には、世界を長年「食い物」にしてきたという構造的な不平等への認識がある。よって、「米国の影響力の低下」は現象に過ぎず、本質はG7全体の体制疲労と正統性喪失にある。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
Is the US losing its sway in the G7? GT 2025.05.23
https://www.globaltimes.cn/page/202505/1334746.shtml
中・米のジュネーブでの貿易交渉 ― 2025年05月25日 19:23
【概要】
米中貿易交渉の進展と関税の巻き戻し
中国と米国はジュネーブでの貿易交渉で実質的な進展を見せた。最近の関税の巻き戻しは前向きな一歩であり、米国の政治的複雑さの中で、貿易摩擦を緩和し、世界経済の安定を守るという中国の継続的なコミットメントを反映している。 中国は、世界のサプライチェーンと戦略的部門を支援することで、柔軟性と責任を示した。
経済関係の回復力と「競争的協力」
近年の地政学的緊張が高まっているにもかかわらず、米中間の経済関係は非常に回復力がある。 貿易紛争や中国の影響力を抑制しようとするワシントンの試みにもかかわらず、中国は米国市場との間で容易には解きほぐせない複雑な経済関係を維持している。この関係は「競争的協力」と表現するのが最も適切である。中国が目覚ましい進歩を遂げている技術およびクリーンエネルギー部門では競争が激化している一方、中国が重要な役割を果たす貿易およびグローバルサプライチェーンでは相互依存が続いている。
デカップリングの非現実性
米中間の完全な経済的**「デカップリング」という考えは、絡み合った利益の複雑な網とグローバルサプライチェーンの複雑さを考えると、非現実的で持続不可能**なままである。特定の部門における中国への依存を減らすという西側諸国の呼びかけにもかかわらず、経済指標は両国間の貿易および投資パートナーシップの堅調なペースが続いていることを裏付けている。
米国の多国間協力への回帰の必要性
世界経済を席巻する大きな変革の中で、米国が多国間貿易協力の枠組みに回帰することは不可欠に見える。しかし、これは、貿易システムを不安定化させ、サプライチェーン危機を悪化させてきた一方的かつ保護主義的な政策からの転換にかかっている。ワシントンの二国間対立への継続的な依存は、市場の安定を脅かし、既存の秩序に対する信頼を損なっており、持続可能な世界経済の成長を確実にするためには、公正で均衡のとれたアプローチへの回帰が必要である。
米国が被るコスト
米国自体も大きなコストを負担している。関税は米国消費者の価格、特に電子機器、車両、衣料品の価格を押し上げている。 グローバルな投入材に依存する米国の製造業者にとっても生産コストが上昇している。その結果、インフレの加速、消費者信頼感の低下、米国輸出業者の競争力の弱体化が見られる。最近のデータでは、2025年第1四半期に0.3%の縮小が示され、スタグフレーションへの懸念が高まっている。世界の生産高の70%が国境を越えたサプライチェーンに依存していることを考えると、保護主義的な政策はシステムリスクを拡大させるだけである。
グリーン移行への脅威
関税の緊張は、世界のグリーン移行をも脅かしている。グリーンテクノロジーは複雑なグローバルサプライネットワークに大きく依存している。貿易障壁はコストを上昇させ、クリーンエネルギーの導入を遅らせ、発展途上国をグリーン成長から排除するリスクがある。 一部の関税は国内産業を後押しすることを目的としているかもしれないが、より広範な効果は否定的であり、気候変動への対処における進歩を妨げている。
中国の安定化の役割と多様化
このような混乱の中、中国は安定化の役割を果たし続けている。 2024年のGDP成長率は5%で、世界経済成長の30%に貢献した。堅固な政策協調により、中国はハイテク製造業を推進し、国内需要を拡大し、外部貿易ネットワークを拡大している。対米輸出は現在、総輸出のわずか14.7%に過ぎず、多様化が進んでいることを示している。
中国の多国間主義へのコミットメント
中国は、安定したルールに基づくグローバル貿易環境を育成する上で、ますます重要な役割を担っている。「一帯一路」構想やさまざまな自由貿易協定を通じて、中国はグローバルサウス諸国の主要なパートナーとなり、インフラの重要な資金提供者となっている。 さらに、特にエネルギーおよび鉱物部門において、グローバルサプライチェーンにおいて極めて重要な地位を占めている。
中国の近代化の道筋と自由貿易の擁護
中国の近代化の道筋は、ゼロサムの論理を拒否する。 共有された発展、より深い貿易関係、制度的開放性を促進している。23の自由貿易協定と30の国・地域とのパートナーシップにより、中国は高水準の開放にコミットし続けている。中国は、自由貿易と多国間システムを断固として擁護しており、西側諸国の保護主義的な傾向に対抗している。 経済的利益を守る中で、中国は発展途上国全体の代弁者としても発言しており、一方主義に抵抗し、グローバルなルールを保護し、ますます不確実な世界における回復力を育んでいる。
【詳細】
中国・米国貿易関係の現状:より詳細な分析
アハメド・アブデッラー・ファリス氏の記事は、米中間の貿易関係が「競争的協力」の様相を呈していることを示唆し、その複雑さと世界経済への影響を詳しく論じている。
貿易交渉の進展と関税の巻き戻し
2025年5月7日のリャンユンガン港の空中写真に象徴されるように、米中間の最近の貿易交渉がジュネーブで「実質的な進展」を遂げたことを強調している。特に、関税の「巻き戻し」は、貿易緊張の緩和に向けた「前向きな一歩」と見なされている。これは、米国内の「政治的複雑性」があるにもかかわらず、中国が世界のサプライチェーンと戦略的部門を支援することで「柔軟性と責任」を示し、世界経済の安定化に貢献しようとしていることの表れだと分析されている。
経済関係の回復力と「競争的協力」
地政学的な緊張が高まっているにもかかわらず、米中間の経済関係は「非常に回復力がある」と記事は指摘する。ワシントンが中国の影響力を抑制しようと試みても、中国は米国市場との「複雑な経済関係」を維持することに成功しており、これは容易に解消できるものではないとされている。
この関係は「競争的協力」という言葉で最もよく説明されると記事は述べている。これは、技術やクリーンエネルギーといった分野では中国が大きな進歩を遂げており、競争が激化していることを意味する。一方で、貿易やグローバルサプライチェーンといった分野では、中国が極めて重要な役割を果たしているため、「相互依存」が続いている。
「デカップリング」の非現実性
米中間の完全な経済的「デカップリング」という考えは、「絡み合った利益の複雑な網」と「グローバルサプライチェーンの複雑さ」を考慮すると、「非現実的で持続不可能」であると断言している。これは、特定の部門における中国への依存を減らすという西側諸国の呼びかけにもかかわらず、両国間の貿易および投資パートナーシップが「堅調なペースで継続している」という経済指標がそれを裏付けているという主張に基づいている。
米国の多国間協力への回帰の必要性
世界経済の「深い変革」の中で、米国が多国間貿易協力の枠組みに回帰することが「不可欠」であると強調している。しかし、そのためには、これまでの「一方的かつ保護主義的な政策」からの転換が必要であり、これらの政策が貿易システムを不安定化させ、サプライチェーン危機を悪化させてきたと指摘している。ワシントンが「二国間対立」に依存し続けることは、市場の安定を脅かし、既存の秩序に対する信頼を損なうものであり、「公正で均衡の取れたアプローチ」への回帰が「持続可能な世界経済の成長」を確実にするために必要であると論じている。
米国が被るコスト
米国の保護主義的な政策が米国自体に「大きなコスト」をもたらしていると具体的な例を挙げて説明している。関税によって、特に電子機器、車両、衣料品といった消費財の価格が上昇し、米国消費者の負担が増加している。また、グローバルな投入材に依存する米国製造業者にとっても生産コストが上昇している。これらの結果として、「インフレの加速」「消費者信頼感の低下」「米国輸出業者の競争力の弱体化」が生じているという。2025年第1四半期に0.3%の経済縮小があったというデータは、「スタグフレーションへの懸念」を増幅させていると記事は付け加えている。
さらに、世界の生産高の70%が国境を越えたサプライチェーンに依存している現状において、保護主義的な政策は「システムリスクを拡大させるだけ」であると警鐘を鳴らしている。
グリーン移行への脅威
関税の緊張は、世界の「グリーン移行」にも悪影響を与えていると記事は指摘する。グリーンテクノロジーは複雑なグローバルサプライネットワークに大きく依存しており、貿易障壁はコストを上昇させ、クリーンエネルギーの導入を遅らせ、発展途上国をグリーン成長から排除するリスクがあるという。一部の関税が国内産業の育成を目的としている可能性を認めつつも、その「広範な効果は否定的」であり、「気候変動への対処における進歩を妨げている」と結論付けている。
中国の安定化の役割と多様化
このような国際的な混乱の中で、中国は「安定化の役割」を果たし続けていると記事は評価している。2024年の中国のGDP成長率は5%で、世界経済成長の30%に貢献したという数字を提示し、その経済貢献の大きさを強調している。中国は「堅固な政策協調」によって、ハイテク製造業の推進、国内需要の拡大、外部貿易ネットワークの拡大を進めていると説明している。特に注目すべきは、対米輸出が総輸出のわずか14.7%に過ぎないというデータであり、これは中国の輸出先が「多様化が進んでいる」ことの証拠であるとされている。
中国の多国間主義へのコミットメント
中国が「安定したルールに基づくグローバル貿易環境を育成する上で、ますます重要な役割」を担っていると主張する。「一帯一路」構想や様々な自由貿易協定を通じて、中国は「グローバルサウス諸国の主要なパートナー」であり、「インフラの重要な資金提供者」となっている。また、特にエネルギーおよび鉱物部門において、「グローバルサプライチェーンにおいて極めて重要な地位」を占めていることも強調されている。
中国の近代化の道筋と自由貿易の擁護
中国の近代化の道筋は、「ゼロサムの論理」を拒否していると記事は述べる。「共有された発展」「より深い貿易関係」「制度的開放性」を促進しているという。23の自由貿易協定と30の国・地域とのパートナーシップは、中国が「高水準の開放にコミットし続けている」ことを示していると分析されている。
最後に、中国が「自由貿易と多国間システムを断固として擁護」し、「西側諸国の保護主義的な傾向に対抗している」と表現している。中国は、自国の経済的利益を守るだけでなく、「発展途上国全体の代弁者としても発言しており、一方主義に抵抗し、グローバルなルールを保護し、ますます不確実な世界における回復力を育んでいる」と締めくくられている。
【要点】
中国と米国の最近の貿易関係が世界に伝える兆候は、以下の点に集約される。
1. 貿易関係の「競争的協力」
・回復力のある経済関係: 地政学的な緊張にもかかわらず、米中間の経済関係は非常に回復力があり、容易に解消できない複雑な結びつきを維持している。
・二面性のある関係: テクノロジーやクリーンエネルギー分野では競争が激化しているが、貿易やグローバルサプライチェーンでは中国の重要な役割により相互依存が続いている。
2. 「デカップリング」の非現実性
・絡み合った利益: 双方の利益が複雑に絡み合っており、完全な経済的デカップリングは非現実的かつ持続不可能であると見なされている。
・貿易・投資の継続: 西側諸国の呼びかけにもかかわらず、両国間の貿易および投資パートナーシップは引き続き堅調なペースで進んでいる。
3. 米国の政策転換の必要性
・多国間協力への回帰: 世界経済の変革期において、米国が多国間貿易協力の枠組みに回帰することが不可欠である。
・保護主義からの脱却: 米国は、貿易システムを不安定化させ、サプライチェーン危機を悪化させた一方的かつ保護主義的な政策からの転換が求められている。
・コストの負担: 米国の関税は、消費者の価格上昇、製造業者の生産コスト増大、インフレ加速、消費者信頼感の低下、輸出競争力の弱体化といった形で、米国自身に大きなコストをもたらしている。
4. グリーン移行への脅威
・貿易障壁の影響: グリーンテクノロジーのグローバルサプライネットワークへの依存度が高いため、貿易障壁はコストを上昇させ、クリーンエネルギーの導入を遅らせ、発展途上国をグリーン成長から排除するリスクがある。
・気候変動対策への影響: 保護主義的な政策は、気候変動への対処における進歩を妨げる可能性がある。
5. 中国の安定化の役割と多様化
・世界経済への貢献: 中国のGDP成長率は世界経済成長の約30%に貢献しており、その経済は安定化の役割を果たしている。
・貿易の多様化: 対米輸出が総輸出のわずか14.7%に過ぎないことから、中国の貿易先が多様化していることが示されている。
・多国間主義の推進: 「一帯一路」構想や自由貿易協定を通じて、中国はグローバルサウス諸国の主要なパートナーとなり、安定したルールに基づくグローバル貿易環境の構築に貢献している。
・自由貿易の擁護: 中国は自由貿易と多国間システムを支持し、西側諸国の保護主義的な傾向に対抗する立場を示している。
【桃源寸評】💚
ジュネーブ交渉後の米国の半導体牽制の動きと信頼性
背景と現状
2025年春に行われたジュネーブでの米中協議では、両国が関税の一時緩和や貿易上の意見の相違を協議する枠組みで合意し、AI半導体など先端技術を含む分野でも一定の歩み寄りが見られた。しかし、合意直後にもかかわらず、米国は中国製AI半導体、特にファーウェイ製品の使用を米企業に警告し、追加の規制措置を講じた。
中国側の反応
中国政府は、米国のこの動きを「ジュネーブ合意を著しく損なうもの」と強く非難し、「差別的な制限措置」として撤回を要求している。また、米国が中国の利益を実質的に害し続けるなら「断固とした措置を取る」と警告している。
米国の一貫性と信頼性
米国は表向きには関税緩和や対話推進を掲げつつも、AI半導体など経済安全保障上の重要分野では、合意後も対中規制を強化する姿勢を崩していない。このような動きは、「書類上の合意が何であれ、米中間に存在する根深い経済安全保障上の懸念が簡単には解決されない」ことを示している。
ジュネーブ交渉後の米国の半導体牽制策は、合意内容と実際の政策運用に食い違いがあり、少なくとも中国側からは「信頼に足りない」と見なされている。米国の対中戦略は、経済安全保障や技術覇権を最優先する現実主義的な側面が強く、合意後も状況次第で規制を強化する柔軟性(あるいは一貫性のなさ)を持っていると言える。
・さらに詳しく述べる。
ジュネーブでの米中貿易交渉後、米国が半導体分野で中国に対する牽制を強めている動きは、外交的な合意と経済的な競争が同時に進行する、複雑な米中関係の現状を示している。
ジュネーブ交渉後の米国の半導体牽制の動き
1.新たな輸出規制の発表
・ジュネーブでの貿易交渉で一定の合意(一部関税の一時停止など)が見られたにもかかわらず、米国商務省は立て続けに中国の特定のAIチップ(特にHuaweiのAscendチップ)の使用に関するガイダンスを発表した。
・当初は「世界のどこであろうとHuawei Ascendチップを使用することは米国の輸出規制に違反する」という強い文言であったが、後に「中国の高度コンピューティングIC、特定のHuawei Ascendチップを含むものの使用リスクについて業界に警告する」という表現に修正された。しかし、中国側は依然としてこれを「差別的で市場を歪める措置」と非難している。
2.対象の拡大と深掘り
・2022年10月に導入されたAIチップの輸出規制は、その後も段階的に強化されてきた。特に2024年12月には、7nm以下の半導体製造に必要な24種類の最先端製造装置と3つのソフトウェアツールが追加でブラックリストに掲載されるなど、規制の範囲と深度が拡大している。
・これは、個別の企業をターゲットにすることから、AIや高性能コンピューティングに不可欠な技術カテゴリー全体を国レベルで規制するという、より広範な戦略への進化を示している。
3.米中双方の反応
・中国の強い反発: 中国商務省は、これらの米国の措置がジュネーブでの「合意を著しく損なう」と非難し、「一方的ないじめと保護主義の典型的な行為」だと主張している。また、これらの措置を履行または支援する組織や個人に対して、中国の法律に基づき法的措置を講じる可能性を示唆している。
・米国企業の懸念: NvidiaのCEOであるジェンスン・フアン氏は、米国のAIチップに対する輸出規制が「失敗」であり、米国企業に数十億ドルの売上損失をもたらしていると批判している。この規制が中国企業に自社ソリューションの開発と国産サプライチェーンの構築を加速させていると指摘し、結果的に米国企業の競争力を低下させていると述べている。
この動きが示すもの
・「競争的協力」の限界と現実: ジュネーブでの貿易交渉で一時的な「休戦」が見られたとしても、半導体、特にAI関連の最先端技術における米中の競争は、貿易関係とは別の「トラック」として継続していることを明確に示している。これは、記事が指摘する「競争的協力」が、技術覇権の分野では非常に緊張を伴うものであることを裏付けている。
・国家安全保障の優先: 米国は、国家安全保障上の懸念から、中国の軍事力強化やAI技術の発展を抑制することを最優先課題と見なしている。そのため、貿易交渉で一定の進展があったとしても、この戦略的目標を損なうような技術の流出は許さないという強い姿勢を示している。
・中国の技術自給自足の加速: 米国の規制は、中国の国内半導体開発への投資を大幅に増加させ、技術の自給自足を加速させる逆効果をもたらしている。Huaweiのような中国企業は、米国からのアクセスが制限される中で、国内市場でのギャップを埋めるべく、より高度なチップの開発に注力している。
・グローバルサプライチェーンへの影響: 米国の継続的な規制と中国の対抗措置は、世界の半導体サプライチェーンを再構築しつつある。企業は、地政学的リスクを考慮し、サプライチェーンの多様化や再編を迫られている。
ジュネーブでの貿易交渉が一時的な緊張緩和をもたらした一方で、半導体分野での米国の中国牽制は、戦略的な技術競争が米中関係の核心にあることを改めて浮き彫りにしている。これは、貿易協定だけでは解決できない、より深いレベルでの対立であり、今後の国際経済と技術開発の動向を大きく左右する要因となるだろう。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
What signs recent China-US trade interactions convey to the world? GT 2025.05.23
https://www.globaltimes.cn/page/202505/1334750.shtml
米中貿易交渉の進展と関税の巻き戻し
中国と米国はジュネーブでの貿易交渉で実質的な進展を見せた。最近の関税の巻き戻しは前向きな一歩であり、米国の政治的複雑さの中で、貿易摩擦を緩和し、世界経済の安定を守るという中国の継続的なコミットメントを反映している。 中国は、世界のサプライチェーンと戦略的部門を支援することで、柔軟性と責任を示した。
経済関係の回復力と「競争的協力」
近年の地政学的緊張が高まっているにもかかわらず、米中間の経済関係は非常に回復力がある。 貿易紛争や中国の影響力を抑制しようとするワシントンの試みにもかかわらず、中国は米国市場との間で容易には解きほぐせない複雑な経済関係を維持している。この関係は「競争的協力」と表現するのが最も適切である。中国が目覚ましい進歩を遂げている技術およびクリーンエネルギー部門では競争が激化している一方、中国が重要な役割を果たす貿易およびグローバルサプライチェーンでは相互依存が続いている。
デカップリングの非現実性
米中間の完全な経済的**「デカップリング」という考えは、絡み合った利益の複雑な網とグローバルサプライチェーンの複雑さを考えると、非現実的で持続不可能**なままである。特定の部門における中国への依存を減らすという西側諸国の呼びかけにもかかわらず、経済指標は両国間の貿易および投資パートナーシップの堅調なペースが続いていることを裏付けている。
米国の多国間協力への回帰の必要性
世界経済を席巻する大きな変革の中で、米国が多国間貿易協力の枠組みに回帰することは不可欠に見える。しかし、これは、貿易システムを不安定化させ、サプライチェーン危機を悪化させてきた一方的かつ保護主義的な政策からの転換にかかっている。ワシントンの二国間対立への継続的な依存は、市場の安定を脅かし、既存の秩序に対する信頼を損なっており、持続可能な世界経済の成長を確実にするためには、公正で均衡のとれたアプローチへの回帰が必要である。
米国が被るコスト
米国自体も大きなコストを負担している。関税は米国消費者の価格、特に電子機器、車両、衣料品の価格を押し上げている。 グローバルな投入材に依存する米国の製造業者にとっても生産コストが上昇している。その結果、インフレの加速、消費者信頼感の低下、米国輸出業者の競争力の弱体化が見られる。最近のデータでは、2025年第1四半期に0.3%の縮小が示され、スタグフレーションへの懸念が高まっている。世界の生産高の70%が国境を越えたサプライチェーンに依存していることを考えると、保護主義的な政策はシステムリスクを拡大させるだけである。
グリーン移行への脅威
関税の緊張は、世界のグリーン移行をも脅かしている。グリーンテクノロジーは複雑なグローバルサプライネットワークに大きく依存している。貿易障壁はコストを上昇させ、クリーンエネルギーの導入を遅らせ、発展途上国をグリーン成長から排除するリスクがある。 一部の関税は国内産業を後押しすることを目的としているかもしれないが、より広範な効果は否定的であり、気候変動への対処における進歩を妨げている。
中国の安定化の役割と多様化
このような混乱の中、中国は安定化の役割を果たし続けている。 2024年のGDP成長率は5%で、世界経済成長の30%に貢献した。堅固な政策協調により、中国はハイテク製造業を推進し、国内需要を拡大し、外部貿易ネットワークを拡大している。対米輸出は現在、総輸出のわずか14.7%に過ぎず、多様化が進んでいることを示している。
中国の多国間主義へのコミットメント
中国は、安定したルールに基づくグローバル貿易環境を育成する上で、ますます重要な役割を担っている。「一帯一路」構想やさまざまな自由貿易協定を通じて、中国はグローバルサウス諸国の主要なパートナーとなり、インフラの重要な資金提供者となっている。 さらに、特にエネルギーおよび鉱物部門において、グローバルサプライチェーンにおいて極めて重要な地位を占めている。
中国の近代化の道筋と自由貿易の擁護
中国の近代化の道筋は、ゼロサムの論理を拒否する。 共有された発展、より深い貿易関係、制度的開放性を促進している。23の自由貿易協定と30の国・地域とのパートナーシップにより、中国は高水準の開放にコミットし続けている。中国は、自由貿易と多国間システムを断固として擁護しており、西側諸国の保護主義的な傾向に対抗している。 経済的利益を守る中で、中国は発展途上国全体の代弁者としても発言しており、一方主義に抵抗し、グローバルなルールを保護し、ますます不確実な世界における回復力を育んでいる。
【詳細】
中国・米国貿易関係の現状:より詳細な分析
アハメド・アブデッラー・ファリス氏の記事は、米中間の貿易関係が「競争的協力」の様相を呈していることを示唆し、その複雑さと世界経済への影響を詳しく論じている。
貿易交渉の進展と関税の巻き戻し
2025年5月7日のリャンユンガン港の空中写真に象徴されるように、米中間の最近の貿易交渉がジュネーブで「実質的な進展」を遂げたことを強調している。特に、関税の「巻き戻し」は、貿易緊張の緩和に向けた「前向きな一歩」と見なされている。これは、米国内の「政治的複雑性」があるにもかかわらず、中国が世界のサプライチェーンと戦略的部門を支援することで「柔軟性と責任」を示し、世界経済の安定化に貢献しようとしていることの表れだと分析されている。
経済関係の回復力と「競争的協力」
地政学的な緊張が高まっているにもかかわらず、米中間の経済関係は「非常に回復力がある」と記事は指摘する。ワシントンが中国の影響力を抑制しようと試みても、中国は米国市場との「複雑な経済関係」を維持することに成功しており、これは容易に解消できるものではないとされている。
この関係は「競争的協力」という言葉で最もよく説明されると記事は述べている。これは、技術やクリーンエネルギーといった分野では中国が大きな進歩を遂げており、競争が激化していることを意味する。一方で、貿易やグローバルサプライチェーンといった分野では、中国が極めて重要な役割を果たしているため、「相互依存」が続いている。
「デカップリング」の非現実性
米中間の完全な経済的「デカップリング」という考えは、「絡み合った利益の複雑な網」と「グローバルサプライチェーンの複雑さ」を考慮すると、「非現実的で持続不可能」であると断言している。これは、特定の部門における中国への依存を減らすという西側諸国の呼びかけにもかかわらず、両国間の貿易および投資パートナーシップが「堅調なペースで継続している」という経済指標がそれを裏付けているという主張に基づいている。
米国の多国間協力への回帰の必要性
世界経済の「深い変革」の中で、米国が多国間貿易協力の枠組みに回帰することが「不可欠」であると強調している。しかし、そのためには、これまでの「一方的かつ保護主義的な政策」からの転換が必要であり、これらの政策が貿易システムを不安定化させ、サプライチェーン危機を悪化させてきたと指摘している。ワシントンが「二国間対立」に依存し続けることは、市場の安定を脅かし、既存の秩序に対する信頼を損なうものであり、「公正で均衡の取れたアプローチ」への回帰が「持続可能な世界経済の成長」を確実にするために必要であると論じている。
米国が被るコスト
米国の保護主義的な政策が米国自体に「大きなコスト」をもたらしていると具体的な例を挙げて説明している。関税によって、特に電子機器、車両、衣料品といった消費財の価格が上昇し、米国消費者の負担が増加している。また、グローバルな投入材に依存する米国製造業者にとっても生産コストが上昇している。これらの結果として、「インフレの加速」「消費者信頼感の低下」「米国輸出業者の競争力の弱体化」が生じているという。2025年第1四半期に0.3%の経済縮小があったというデータは、「スタグフレーションへの懸念」を増幅させていると記事は付け加えている。
さらに、世界の生産高の70%が国境を越えたサプライチェーンに依存している現状において、保護主義的な政策は「システムリスクを拡大させるだけ」であると警鐘を鳴らしている。
グリーン移行への脅威
関税の緊張は、世界の「グリーン移行」にも悪影響を与えていると記事は指摘する。グリーンテクノロジーは複雑なグローバルサプライネットワークに大きく依存しており、貿易障壁はコストを上昇させ、クリーンエネルギーの導入を遅らせ、発展途上国をグリーン成長から排除するリスクがあるという。一部の関税が国内産業の育成を目的としている可能性を認めつつも、その「広範な効果は否定的」であり、「気候変動への対処における進歩を妨げている」と結論付けている。
中国の安定化の役割と多様化
このような国際的な混乱の中で、中国は「安定化の役割」を果たし続けていると記事は評価している。2024年の中国のGDP成長率は5%で、世界経済成長の30%に貢献したという数字を提示し、その経済貢献の大きさを強調している。中国は「堅固な政策協調」によって、ハイテク製造業の推進、国内需要の拡大、外部貿易ネットワークの拡大を進めていると説明している。特に注目すべきは、対米輸出が総輸出のわずか14.7%に過ぎないというデータであり、これは中国の輸出先が「多様化が進んでいる」ことの証拠であるとされている。
中国の多国間主義へのコミットメント
中国が「安定したルールに基づくグローバル貿易環境を育成する上で、ますます重要な役割」を担っていると主張する。「一帯一路」構想や様々な自由貿易協定を通じて、中国は「グローバルサウス諸国の主要なパートナー」であり、「インフラの重要な資金提供者」となっている。また、特にエネルギーおよび鉱物部門において、「グローバルサプライチェーンにおいて極めて重要な地位」を占めていることも強調されている。
中国の近代化の道筋と自由貿易の擁護
中国の近代化の道筋は、「ゼロサムの論理」を拒否していると記事は述べる。「共有された発展」「より深い貿易関係」「制度的開放性」を促進しているという。23の自由貿易協定と30の国・地域とのパートナーシップは、中国が「高水準の開放にコミットし続けている」ことを示していると分析されている。
最後に、中国が「自由貿易と多国間システムを断固として擁護」し、「西側諸国の保護主義的な傾向に対抗している」と表現している。中国は、自国の経済的利益を守るだけでなく、「発展途上国全体の代弁者としても発言しており、一方主義に抵抗し、グローバルなルールを保護し、ますます不確実な世界における回復力を育んでいる」と締めくくられている。
【要点】
中国と米国の最近の貿易関係が世界に伝える兆候は、以下の点に集約される。
1. 貿易関係の「競争的協力」
・回復力のある経済関係: 地政学的な緊張にもかかわらず、米中間の経済関係は非常に回復力があり、容易に解消できない複雑な結びつきを維持している。
・二面性のある関係: テクノロジーやクリーンエネルギー分野では競争が激化しているが、貿易やグローバルサプライチェーンでは中国の重要な役割により相互依存が続いている。
2. 「デカップリング」の非現実性
・絡み合った利益: 双方の利益が複雑に絡み合っており、完全な経済的デカップリングは非現実的かつ持続不可能であると見なされている。
・貿易・投資の継続: 西側諸国の呼びかけにもかかわらず、両国間の貿易および投資パートナーシップは引き続き堅調なペースで進んでいる。
3. 米国の政策転換の必要性
・多国間協力への回帰: 世界経済の変革期において、米国が多国間貿易協力の枠組みに回帰することが不可欠である。
・保護主義からの脱却: 米国は、貿易システムを不安定化させ、サプライチェーン危機を悪化させた一方的かつ保護主義的な政策からの転換が求められている。
・コストの負担: 米国の関税は、消費者の価格上昇、製造業者の生産コスト増大、インフレ加速、消費者信頼感の低下、輸出競争力の弱体化といった形で、米国自身に大きなコストをもたらしている。
4. グリーン移行への脅威
・貿易障壁の影響: グリーンテクノロジーのグローバルサプライネットワークへの依存度が高いため、貿易障壁はコストを上昇させ、クリーンエネルギーの導入を遅らせ、発展途上国をグリーン成長から排除するリスクがある。
・気候変動対策への影響: 保護主義的な政策は、気候変動への対処における進歩を妨げる可能性がある。
5. 中国の安定化の役割と多様化
・世界経済への貢献: 中国のGDP成長率は世界経済成長の約30%に貢献しており、その経済は安定化の役割を果たしている。
・貿易の多様化: 対米輸出が総輸出のわずか14.7%に過ぎないことから、中国の貿易先が多様化していることが示されている。
・多国間主義の推進: 「一帯一路」構想や自由貿易協定を通じて、中国はグローバルサウス諸国の主要なパートナーとなり、安定したルールに基づくグローバル貿易環境の構築に貢献している。
・自由貿易の擁護: 中国は自由貿易と多国間システムを支持し、西側諸国の保護主義的な傾向に対抗する立場を示している。
【桃源寸評】💚
ジュネーブ交渉後の米国の半導体牽制の動きと信頼性
背景と現状
2025年春に行われたジュネーブでの米中協議では、両国が関税の一時緩和や貿易上の意見の相違を協議する枠組みで合意し、AI半導体など先端技術を含む分野でも一定の歩み寄りが見られた。しかし、合意直後にもかかわらず、米国は中国製AI半導体、特にファーウェイ製品の使用を米企業に警告し、追加の規制措置を講じた。
中国側の反応
中国政府は、米国のこの動きを「ジュネーブ合意を著しく損なうもの」と強く非難し、「差別的な制限措置」として撤回を要求している。また、米国が中国の利益を実質的に害し続けるなら「断固とした措置を取る」と警告している。
米国の一貫性と信頼性
米国は表向きには関税緩和や対話推進を掲げつつも、AI半導体など経済安全保障上の重要分野では、合意後も対中規制を強化する姿勢を崩していない。このような動きは、「書類上の合意が何であれ、米中間に存在する根深い経済安全保障上の懸念が簡単には解決されない」ことを示している。
ジュネーブ交渉後の米国の半導体牽制策は、合意内容と実際の政策運用に食い違いがあり、少なくとも中国側からは「信頼に足りない」と見なされている。米国の対中戦略は、経済安全保障や技術覇権を最優先する現実主義的な側面が強く、合意後も状況次第で規制を強化する柔軟性(あるいは一貫性のなさ)を持っていると言える。
・さらに詳しく述べる。
ジュネーブでの米中貿易交渉後、米国が半導体分野で中国に対する牽制を強めている動きは、外交的な合意と経済的な競争が同時に進行する、複雑な米中関係の現状を示している。
ジュネーブ交渉後の米国の半導体牽制の動き
1.新たな輸出規制の発表
・ジュネーブでの貿易交渉で一定の合意(一部関税の一時停止など)が見られたにもかかわらず、米国商務省は立て続けに中国の特定のAIチップ(特にHuaweiのAscendチップ)の使用に関するガイダンスを発表した。
・当初は「世界のどこであろうとHuawei Ascendチップを使用することは米国の輸出規制に違反する」という強い文言であったが、後に「中国の高度コンピューティングIC、特定のHuawei Ascendチップを含むものの使用リスクについて業界に警告する」という表現に修正された。しかし、中国側は依然としてこれを「差別的で市場を歪める措置」と非難している。
2.対象の拡大と深掘り
・2022年10月に導入されたAIチップの輸出規制は、その後も段階的に強化されてきた。特に2024年12月には、7nm以下の半導体製造に必要な24種類の最先端製造装置と3つのソフトウェアツールが追加でブラックリストに掲載されるなど、規制の範囲と深度が拡大している。
・これは、個別の企業をターゲットにすることから、AIや高性能コンピューティングに不可欠な技術カテゴリー全体を国レベルで規制するという、より広範な戦略への進化を示している。
3.米中双方の反応
・中国の強い反発: 中国商務省は、これらの米国の措置がジュネーブでの「合意を著しく損なう」と非難し、「一方的ないじめと保護主義の典型的な行為」だと主張している。また、これらの措置を履行または支援する組織や個人に対して、中国の法律に基づき法的措置を講じる可能性を示唆している。
・米国企業の懸念: NvidiaのCEOであるジェンスン・フアン氏は、米国のAIチップに対する輸出規制が「失敗」であり、米国企業に数十億ドルの売上損失をもたらしていると批判している。この規制が中国企業に自社ソリューションの開発と国産サプライチェーンの構築を加速させていると指摘し、結果的に米国企業の競争力を低下させていると述べている。
この動きが示すもの
・「競争的協力」の限界と現実: ジュネーブでの貿易交渉で一時的な「休戦」が見られたとしても、半導体、特にAI関連の最先端技術における米中の競争は、貿易関係とは別の「トラック」として継続していることを明確に示している。これは、記事が指摘する「競争的協力」が、技術覇権の分野では非常に緊張を伴うものであることを裏付けている。
・国家安全保障の優先: 米国は、国家安全保障上の懸念から、中国の軍事力強化やAI技術の発展を抑制することを最優先課題と見なしている。そのため、貿易交渉で一定の進展があったとしても、この戦略的目標を損なうような技術の流出は許さないという強い姿勢を示している。
・中国の技術自給自足の加速: 米国の規制は、中国の国内半導体開発への投資を大幅に増加させ、技術の自給自足を加速させる逆効果をもたらしている。Huaweiのような中国企業は、米国からのアクセスが制限される中で、国内市場でのギャップを埋めるべく、より高度なチップの開発に注力している。
・グローバルサプライチェーンへの影響: 米国の継続的な規制と中国の対抗措置は、世界の半導体サプライチェーンを再構築しつつある。企業は、地政学的リスクを考慮し、サプライチェーンの多様化や再編を迫られている。
ジュネーブでの貿易交渉が一時的な緊張緩和をもたらした一方で、半導体分野での米国の中国牽制は、戦略的な技術競争が米中関係の核心にあることを改めて浮き彫りにしている。これは、貿易協定だけでは解決できない、より深いレベルでの対立であり、今後の国際経済と技術開発の動向を大きく左右する要因となるだろう。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
What signs recent China-US trade interactions convey to the world? GT 2025.05.23
https://www.globaltimes.cn/page/202505/1334750.shtml
「黄金の三角形」:「資源(GCC)」「製造(中国)」「消費市場と若年労働力(ASEAN)」 ― 2025年05月25日 19:51
【概要】
2025年5月25日、マレーシアの首都にて、東南アジア諸国連合(ASEAN)、中国、湾岸協力会議(GCC)による初の3者合同サミットが開催される予定である。これに先立ち、専門家らは本協力が多国間連携の可能性を大きく広げ、世界経済の安定に資すると分析している。
このサミットでは、貿易、投資、サプライチェーンといった実務的協力の深化が期待されており、再生可能エネルギー、デジタル経済、電気自動車、金融市場、インフラ整備などの分野において新たな機会を創出すると見られている。
ASEAN、中国、GCC加盟国による17か国の首脳が一堂に会するこの取り組みは、米国の関税政策による貿易の混乱を受けて、相互補完的な経済構造を有する南南協力の新たな枠組みとして注目されている。
ASEANは、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの10か国から成る地域連合であり、米国、中国、EU、日本に次ぐ世界第5位の経済圏である。若年人口の多さ、天然資源の豊富さ、熟練労働力により、グローバルサプライチェーンと産業発展の主要な推進力となっている。
一方、GCC加盟国(バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦)は、2025年の経済成長率が2024年の2.1%から4.2%に倍増する見通しである。これは戦略的投資、多角化、非石油部門の拡大によるものであり、湾岸地域が石油輸出依存からグリーンエネルギー拠点への転換を進めていることに起因する。
マレーシア・テイラーズ大学のジュリア・ロクニファード講師は、中国がASEAN・GCC協力の「アンカー(錨)」の役割を果たしていると指摘する。中国は「一帯一路」構想や「グローバル開発イニシアティブ」を通じて、インフラ、貿易、開発協力においてASEANおよび中東地域に大きな影響を及ぼしてきた。さらに、技術共有、産業化、観光、文化交流、人と人との交流といった分野でも関係は深化している。
同氏はこの三者の関係を「資源」「製造」「消費」の黄金の三角形(Golden Triangle)と表現し、米国の関税政策による困難な状況下でも世界経済を牽引する存在になり得ると述べている。
世界経済の不確実性が高まる中で行われる本サミットは、グローバルな貿易を守る取り組みとしての意義も有する。国際通貨基金(IMF)は、2025年の世界経済成長率を当初の見通しから0.5ポイント引き下げ、2.8%とした。これは米国の新たな関税措置および各国の報復措置によるものであり、IMFはこれを「前例のない規模」とし、「1世紀ぶり」と評している。
ASEANの経済大臣らは、4月10日に開催された特別オンライン会合において、米国の関税が「地域・グローバルな貿易、投資、サプライチェーンを混乱させ、米国自身を含めた世界中の企業・消費者に影響を与える」との共同声明を発表した。
国連西アジア経済社会委員会による政策報告によれば、GCC加盟国の非石油輸出220億ドル分が米国関税によって脅かされている。特に、アルミニウムと化学製品への依存度が高いバーレーンや、第三国で製造された再輸出品が多いアラブ首長国連邦などが影響を受ける可能性が高い。
これに対し、中国、ASEAN、GCCはグローバル・サウスの一員として、他の発展途上国への協力モデルとして機能し得ると見られている。マレーシアの非政府シンクタンク「アジア太平洋一帯一路議会(BRICAP)」のブン・ナガラ所長は、「われわれの協力の成功はグローバル・サウス全体の成功でもある」と述べ、アフリカや中南米諸国も同様の志を共有しているとした。
また、「われわれの国づくりは国際貿易に依存しており、それを守ることは他の国々にも利益をもたらす」とも述べている。
中国・ASEAN・GCCの協力関係はすでに一定の成果を挙げている。2023年10月には、初のASEAN-GCCサミットがサウジアラビアのリヤドで開催され、両地域機構の関係における重要な節目となった。この会合では2024〜2028年の協力枠組みが提示され、安全保障、貿易・投資、文化交流、観光分野での具体的な活動が定められた。
さらに、2022年12月には中国とGCCの首脳会議が初めて開催され、中国はエネルギー、金融、投資、イノベーション、科学技術、宇宙、語学・文化の分野での協力を優先事項とすることを表明した。
中国とGCCは、巨大な消費市場と産業基盤を有する中国と、豊富なエネルギー資源と経済多角化を進める湾岸諸国との間で、経済的補完関係が強いとされている。
また、中国とASEANは「中国・ASEAN自由貿易圏(CAFTA)」のバージョン3.0の交渉を完了しており、年内に正式にアップグレード・プロトコルを締結する方針である。
MIDFアマナ投資銀行のチーフエコノミスト、アブドゥル・ムイッズ・モルハリム氏は、「過去10年間で中国とASEANの経済関係は著しく強化されてきた」と述べ、地域的な生産ネットワークへの共同参加と双方の経済成長がその背景にあると分析している。
このような背景の下で開催されるASEAN・中国・GCCサミットは、三者間の広範な分野にわたる協力のための重要なメカニズムを確立することが期待されている。今後、三者は経済政策・産業政策の相乗効果を高め、クリーンエネルギーやデジタル経済などの分野における協力関係をさらに高度化する可能性を有している。
【詳細】
1.背景と意義:ASEAN・中国・GCCの三者協力
2025年5月下旬、マレーシアの首都クアラルンプールにおいて、ASEAN(東南アジア諸国連合)、中国、GCC(湾岸協力会議)による初の三者合同サミット「ASEAN・中国・GCCサミット」が開催される運びとなった。本サミットの開催は、三者間の実務的連携を深化させると同時に、世界経済における不確実性の増大に対して安定と予見性をもたらす枠組みとして位置づけられている。
この三者は地理的には離れているものの、経済構造および発展目標において互補性を持っており、「資源(GCC)」「製造・インフラ(中国)」「消費と成長市場(ASEAN)」という三要素を組み合わせることで、強力な経済的結束が可能であると評価されている。
2.経済的土台:三地域の特徴と補完性
ASEANは10か国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)で構成されており、人口規模、経済成長率、地域的な一体性などにおいて非常に高いポテンシャルを持っている。特に若年層が多く、デジタル経済・スマートインフラへの適応力が高い点は今後の成長を後押しする強力な基盤である。また、天然資源も豊富であり、熟練労働力の蓄積も進んでいることから、製造業および国際的なサプライチェーンの中核を担っている。
GCC(バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦)は、従来の石油輸出依存型経済から、脱炭素・再生可能エネルギー・観光・金融・先端技術といった分野への経済多角化を急速に進めている。2025年の経済成長率は4.2%に達する見通しであり、これは2024年の2.1%から倍増するものである。この成長は、国家主導の投資政策、非石油部門の振興、およびサプライチェーンの強化などによって支えられている。
中国は既に一帯一路(BRI)やグローバル開発イニシアティブ(GDI)を通じて、ASEANおよびGCCにおけるインフラ整備、エネルギー、物流、通信技術、文化交流において多くの実績を残している。また、中国は完全な産業システムと広大な内需市場を有し、対外協力においては技術移転、金融支援、サプライチェーン統合の3点で突出している。
3.「黄金の三角形」:役割分担と世界経済への貢献
本サミットにおける三者の協力は、Julia Roknifard講師が表現した通り、「資源(GCC)」「製造(中国)」「消費市場と若年労働力(ASEAN)」という形での分業構造を成しており、これを「黄金の三角形(Golden Triangle)」と称している。
この枠組みは、米国の通商政策(高関税)によるグローバルなサプライチェーン分断の中で、代替的かつ持続的な協力体制として注目を集めている。特に、ASEANとGCCは、中国の技術力と資本を活用することで、エネルギー・物流・再生可能エネルギー・EV・デジタルインフラなど多岐にわたる分野で相乗効果を発揮し得るとされる。
4.保護主義に対する対応:米国の関税政策と南南協力
IMFは2025年の世界経済成長率を、1月の見通しから0.5ポイント下方修正し、2.8%とした。この背景には、米国による「前例のない規模の関税措置」が存在する。これに対しASEAN経済大臣は、特別会合において「世界貿易・投資・サプライチェーンの広範な混乱」を警告し、協調行動の必要性を明確に表明している。
GCC諸国においても、非石油輸出品220億ドル相当が米国市場へのアクセス障害の影響を受ける可能性があり、特にバーレーン(アルミ・化学製品)およびアラブ首長国連邦(第三国からの再輸出)が懸念されている。
このような中、ASEAN・中国・GCCは、グローバル・サウス全体への協力拡大の模範として機能することが期待されている。BRICAP代表ブン・ナガラ氏は、「我々の協力は、アフリカや中南米を含む他の発展途上地域にも利益をもたらす」と述べ、相互利益による連携拡大の可能性を強調している。
5.実績と制度化への動き:過去の合意と将来展望
中国とASEAN、GCCはすでに複数の協力枠組みを通じて関係強化を図っている。
2023年10月:サウジアラビア・リヤドで初のASEAN-GCCサミットを開催。安全保障、経済、観光、文化に関する「2024〜2028年協力枠組み(Framework of Cooperation)」を採択。
2022年12月:中国とGCCの初のサミットを開催。中国はGCCとの間で、エネルギー、科学技術、金融、宇宙、文化交流における重点協力を打ち出した。
2025年:中国とASEANは「中国・ASEAN自由貿易圏(CAFTA)」のバージョン3.0に関する交渉を完了。年内の正式署名を目指す。
これらの制度的枠組みは、三者が共有する長期的な開発戦略と一致しており、今後のサミットでは、それらを基盤とした新たな共同イニシアティブの立ち上げが期待される。特に、クリーンエネルギー、デジタル技術、EV産業、AI応用、越境金融サービスなど、次世代産業分野での政策連携と資本の流動化が重要なテーマとなる見込みである。
以上の通り、本サミットおよび三者協力は、世界経済の不確実性を緩和するための実践的かつ制度的な対応策として、多方面において注目を集めている。従来の北-南構造とは異なる、南-南連携による「自律的経済圏」の形成という視点からも、本協力の展開は今後の国際経済秩序に対する重要なインパクトを有すると言える。
【要点】
1.サミットの概要と目的
・ASEAN(東南アジア諸国連合)・中国・GCC(湾岸協力会議)による初の三者サミットが2025年5月末にマレーシアで開催される予定である。
・本サミットは、貿易・投資・サプライチェーン、クリーンエネルギー、デジタル経済、インフラ開発などの分野で協力を深化させる目的を持つ。
・不確実性の増す世界経済に対し、三者による協力は安定と成長をもたらす枠組みとなることが期待されている。
2.各地域の特徴と経済的補完関係
・ASEANは10か国で構成され、若年人口、資源、労働力を強みとする成長市場であり、世界の供給網における中核的地位を占める。
・GCCは石油依存からの脱却を進め、非石油分野・再生可能エネルギーへの投資により、2025年の成長率は4.2%に達する見通しである。
・中国は消費市場の巨大さ、産業基盤の完全性、インフラ・技術・資金面の支援力により、ASEAN・GCCとの協力において要となる。
・三者は「資源(GCC)」「製造と資本(中国)」「市場と労働力(ASEAN)」という互補的構造を持ち、「黄金の三角形」を形成する。
3.世界経済の背景と保護主義への対応
・米国の前例なき関税措置により、世界の貿易・投資・サプライチェーンに深刻な混乱が生じている。
・IMFは2025年の世界成長率見通しを2.8%に下方修正し、米国の関税政策を主要因の一つとして挙げている。
・ASEAN経済相は共同声明で、米国の関税がグローバル経済に及ぼす悪影響に強い懸念を示した。
・GCCも米国への非石油輸出が最大220億ドル規模で影響を受ける恐れがあり、特にバーレーンとUAEが懸念対象となっている。
4.南南協力としての国際的意義
・中国・ASEAN・GCCは、いずれもグローバル・サウスに属する経済体であり、協力成功の事例として他の途上国(アフリカ・中南米)に波及効果をもたらし得る。
・これらの国々の連携は、自律的かつ協調的な南南経済圏の形成を促進し、世界貿易の持続可能性を下支えする役割を果たす。
5.過去の協力実績と制度化への動き
・2023年10月:リヤドにて初のASEAN-GCCサミット開催、協力枠組み(2024~2028年)を採択。
・2022年12月:中国・GCC首脳会談を実施し、エネルギー・金融・技術・文化などでの重点協力を確認。
・2025年:中国・ASEANは自由貿易圏「CAFTA 3.0」の交渉を完了し、年内の署名を目指している。
6.今後の協力分野と展望
・クリーンエネルギー(太陽光・水素・グリーン水素など)
・デジタル経済(クラウド、AI、5Gインフラ)
・電気自動車(EV)とスマートモビリティ
・サプライチェーン統合と物流最適化
・金融市場の相互接続および国際決済の円滑化
・文化・教育・観光分野での人材・知識交流
【桃源寸評】💚
本サミットおよび三者協力は、世界経済の不確実性を緩和するための実践的かつ制度的な対応策として、多方面において注目を集めている。従来の北-南構造とは異なる、南-南連携による「自律的経済圏」の形成という視点からも、本協力の展開は今後の国際経済秩序に対する重要なインパクトを有すると言える。
ASEAN・中国・GCCの三者協力は、多極化が進む世界経済において新たな成長極を形成する動きであり、制度化・長期化の方向へと展開している。
G7・米国の「取り残され現象」が生じうる要因
1. 脱ドル・脱西側主導の貿易圏構築
・中国や湾岸諸国は、人民元やデジタル通貨など非ドル建て決済のインフラを整備中であり、三者貿易がドルに依存せずとも回る経済圏が成立しつつある。
・G7が排除された決済・金融ネットワークが形成されれば、国際金融における米国の覇権が揺らぐ。
2. エネルギー・サプライチェーンの再編
・GCCは再生可能エネルギー分野で中国・ASEANと急速に連携しつつあり、これまで欧米が握ってきたエネルギー需給の主導権が移行する可能性がある。
・米国の関税政策が逆にサプライチェーンの「脱米国化」を招き、主要な輸出入路から排除されるリスクがある。
3. 「関税孤立」による貿易地図の変形
・米国の強硬な関税政策は、世界貿易の多国間主義から一国主義へと反転し、自国経済の孤立化を加速させる要因となっている。
・一方、ASEAN・中国・GCCは域内・相互接続型の貿易ネットワークを拡大させており、比較的自由な経済圏が米国を迂回して発展する構図となっている。
4. グローバル・サウスの連携強化
・三者協力の成功モデルは、アフリカ・中南米諸国の模倣・追随を呼び起こし、「脱G7的」な南南協力体制が拡大する可能性がある。
G7が主導してきた国際経済秩序(WTO、IMF、世界銀行等)の相対的影響力は今後さらに低下しうる。
5. 技術覇権における挑戦
・中国はインフラ、通信(5G/6G)、AI、EV、グリーンテック等で急速に影響力を伸ばしており、これをASEANやGCCが受け入れる構図となっている。
・米国が技術で依然先行する分野もあるが、相手陣営が市場規模と実装スピードで勝る場合、技術的優位も空洞化する恐れがある。
6.G7の「相対的な周縁化」
・米国を中心としたG7は、依然として経済規模・技術力・通貨の信用といった面で強力であるが、その影響力は絶対的なものから相対的なものへと変容しつつある。
・とくにASEAN・中国・GCCの協力が「制度的・継続的・包括的」である場合、G7が世界経済の中で中心ではなく一極として位置づけられる新しい多極秩序が出現する可能性が高い。
よって、G7(特に米国)が「取り残される」というよりも、「主導権の一角を明け渡し、再配置される」と理解するのが適切である。
中国が製造大国ナンバーワンであるという事実の国際的影響
1. 産業供給網の完結性と即応性
・中国は原材料の調達から部品生産、組み立て、輸送に至るまで、ほぼ全ての製造プロセスを自国内で完結できる体制を構築している。
・各国は中国とのみ連携することで、製品設計から市場投入まで一貫した供給体制を築くことが可能となっている。
2. コストとスケーラビリティにおける優位
・製造コストの低廉さ、規模の経済、生産スピードにおいて、中国は依然として世界トップの競争力を有する。
・他国が製造を米国や西側諸国に依存する必要がなくなり、「米国抜きの生産と取引」が現実的な選択肢となっている。
3. インフラと物流の高度化
・一帯一路構想(BRI)を通じて、中国は鉄道・港湾・高速道路など製品輸送の国際インフラを各地に整備し、自国製品の即時展開が可能となっている。
・物流の要衝を押さえているため、他国は米国経由での調達や流通に依存しなくてもよくなっている。
4. デジタル製造と技術共有の加速
・中国はスマートファクトリー、AI、生産ロボット等の高度製造技術においても著しい進展を遂げており、途上国ともこれを共有・移転している。
・米国が囲い込み的な技術外交を進める中で、中国は「開かれた製造技術提供国」としての印象を強めている。
5. 中国=「製造のOS化」
・かつての「Windowsなしでは仕事ができない」状態が、中国の製造業でも再現されつつある。
・世界中の工業製品・部品・装置が中国と何らかの形で関係しており、「脱中国」は事実上、経済合理性に反する動きとなっている。
6.米国の「不要性」が現実化しつつある
・米国が持っていた「不可欠な存在」という立場は、製造・物流・価格競争・実行スピードといった実務的な面において、中国に置き換えられている。
・経済的な意味での「米国不要論」は、特にグローバル・サウスや新興国、さらには一部の先進国にも浸透し始めており、G7中心の世界観が機能不全に陥っている兆候といえる。
もちろん、安全保障や先端技術、金融通貨体制などでは依然として米国の影響力は大きいが、「日々の経済活動」においては「米国抜きで成り立つ世界」がもはや例外ではなく、新たな常態(ニューノーマル)となりつつある。
HarmonyOS搭載パソコンの開発の意義
1. IT主権の確立
・HarmonyOSは中国が独自開発したオペレーティングシステムであり、米国製OS(WindowsやmacOS)への依存を脱却する試みである。
・パソコン分野への展開は、国家のデジタル主権確保を意味する。
2. 中国製PCの完全内製化
・Huaweiなどの企業が国産CPU(例:Kunpeng、Loongson)、国産OS(HarmonyOS)、国産基板・SSD・ディスプレイと統合し、「完全中国製」のPC開発を進行中。
・軍事・政府機関・重要インフラ・教育機関向けに導入が進む。
3. 米国の制裁への対抗手段
・ファーウェイなど中国IT企業が米国の輸出規制を受けたことで、代替技術の必要性が急速に高まった。
・HarmonyOSはその一環であり、米国の制裁効果を限定的にする「技術的自立の象徴」ともいえる。
4. エコシステムの統合
・スマートフォン、タブレット、IoT家電、PC、車載システムをHarmonyOSで統一することで、「シームレスなユーザー体験」と「ソフトウェア主導の制御経済圏」を構築。
・Apple型の「垂直統合モデル」に中国版で対抗しようとしている。
5. グローバル・サウスへの展開戦略
・WindowsやAndroidのライセンス料を回避できるため、低価格端末を求める発展途上国向け市場において競争力がある。
・特にアフリカ、中東、東南アジア諸国では「非米IT圏」の選択肢として普及余地がある。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
ASEAN-China-GCC cooperation to inject certainty into global economy GT 2025.05.25
https://www.globaltimes.cn/page/202505/1334758.shtml
2025年5月25日、マレーシアの首都にて、東南アジア諸国連合(ASEAN)、中国、湾岸協力会議(GCC)による初の3者合同サミットが開催される予定である。これに先立ち、専門家らは本協力が多国間連携の可能性を大きく広げ、世界経済の安定に資すると分析している。
このサミットでは、貿易、投資、サプライチェーンといった実務的協力の深化が期待されており、再生可能エネルギー、デジタル経済、電気自動車、金融市場、インフラ整備などの分野において新たな機会を創出すると見られている。
ASEAN、中国、GCC加盟国による17か国の首脳が一堂に会するこの取り組みは、米国の関税政策による貿易の混乱を受けて、相互補完的な経済構造を有する南南協力の新たな枠組みとして注目されている。
ASEANは、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの10か国から成る地域連合であり、米国、中国、EU、日本に次ぐ世界第5位の経済圏である。若年人口の多さ、天然資源の豊富さ、熟練労働力により、グローバルサプライチェーンと産業発展の主要な推進力となっている。
一方、GCC加盟国(バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦)は、2025年の経済成長率が2024年の2.1%から4.2%に倍増する見通しである。これは戦略的投資、多角化、非石油部門の拡大によるものであり、湾岸地域が石油輸出依存からグリーンエネルギー拠点への転換を進めていることに起因する。
マレーシア・テイラーズ大学のジュリア・ロクニファード講師は、中国がASEAN・GCC協力の「アンカー(錨)」の役割を果たしていると指摘する。中国は「一帯一路」構想や「グローバル開発イニシアティブ」を通じて、インフラ、貿易、開発協力においてASEANおよび中東地域に大きな影響を及ぼしてきた。さらに、技術共有、産業化、観光、文化交流、人と人との交流といった分野でも関係は深化している。
同氏はこの三者の関係を「資源」「製造」「消費」の黄金の三角形(Golden Triangle)と表現し、米国の関税政策による困難な状況下でも世界経済を牽引する存在になり得ると述べている。
世界経済の不確実性が高まる中で行われる本サミットは、グローバルな貿易を守る取り組みとしての意義も有する。国際通貨基金(IMF)は、2025年の世界経済成長率を当初の見通しから0.5ポイント引き下げ、2.8%とした。これは米国の新たな関税措置および各国の報復措置によるものであり、IMFはこれを「前例のない規模」とし、「1世紀ぶり」と評している。
ASEANの経済大臣らは、4月10日に開催された特別オンライン会合において、米国の関税が「地域・グローバルな貿易、投資、サプライチェーンを混乱させ、米国自身を含めた世界中の企業・消費者に影響を与える」との共同声明を発表した。
国連西アジア経済社会委員会による政策報告によれば、GCC加盟国の非石油輸出220億ドル分が米国関税によって脅かされている。特に、アルミニウムと化学製品への依存度が高いバーレーンや、第三国で製造された再輸出品が多いアラブ首長国連邦などが影響を受ける可能性が高い。
これに対し、中国、ASEAN、GCCはグローバル・サウスの一員として、他の発展途上国への協力モデルとして機能し得ると見られている。マレーシアの非政府シンクタンク「アジア太平洋一帯一路議会(BRICAP)」のブン・ナガラ所長は、「われわれの協力の成功はグローバル・サウス全体の成功でもある」と述べ、アフリカや中南米諸国も同様の志を共有しているとした。
また、「われわれの国づくりは国際貿易に依存しており、それを守ることは他の国々にも利益をもたらす」とも述べている。
中国・ASEAN・GCCの協力関係はすでに一定の成果を挙げている。2023年10月には、初のASEAN-GCCサミットがサウジアラビアのリヤドで開催され、両地域機構の関係における重要な節目となった。この会合では2024〜2028年の協力枠組みが提示され、安全保障、貿易・投資、文化交流、観光分野での具体的な活動が定められた。
さらに、2022年12月には中国とGCCの首脳会議が初めて開催され、中国はエネルギー、金融、投資、イノベーション、科学技術、宇宙、語学・文化の分野での協力を優先事項とすることを表明した。
中国とGCCは、巨大な消費市場と産業基盤を有する中国と、豊富なエネルギー資源と経済多角化を進める湾岸諸国との間で、経済的補完関係が強いとされている。
また、中国とASEANは「中国・ASEAN自由貿易圏(CAFTA)」のバージョン3.0の交渉を完了しており、年内に正式にアップグレード・プロトコルを締結する方針である。
MIDFアマナ投資銀行のチーフエコノミスト、アブドゥル・ムイッズ・モルハリム氏は、「過去10年間で中国とASEANの経済関係は著しく強化されてきた」と述べ、地域的な生産ネットワークへの共同参加と双方の経済成長がその背景にあると分析している。
このような背景の下で開催されるASEAN・中国・GCCサミットは、三者間の広範な分野にわたる協力のための重要なメカニズムを確立することが期待されている。今後、三者は経済政策・産業政策の相乗効果を高め、クリーンエネルギーやデジタル経済などの分野における協力関係をさらに高度化する可能性を有している。
【詳細】
1.背景と意義:ASEAN・中国・GCCの三者協力
2025年5月下旬、マレーシアの首都クアラルンプールにおいて、ASEAN(東南アジア諸国連合)、中国、GCC(湾岸協力会議)による初の三者合同サミット「ASEAN・中国・GCCサミット」が開催される運びとなった。本サミットの開催は、三者間の実務的連携を深化させると同時に、世界経済における不確実性の増大に対して安定と予見性をもたらす枠組みとして位置づけられている。
この三者は地理的には離れているものの、経済構造および発展目標において互補性を持っており、「資源(GCC)」「製造・インフラ(中国)」「消費と成長市場(ASEAN)」という三要素を組み合わせることで、強力な経済的結束が可能であると評価されている。
2.経済的土台:三地域の特徴と補完性
ASEANは10か国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)で構成されており、人口規模、経済成長率、地域的な一体性などにおいて非常に高いポテンシャルを持っている。特に若年層が多く、デジタル経済・スマートインフラへの適応力が高い点は今後の成長を後押しする強力な基盤である。また、天然資源も豊富であり、熟練労働力の蓄積も進んでいることから、製造業および国際的なサプライチェーンの中核を担っている。
GCC(バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦)は、従来の石油輸出依存型経済から、脱炭素・再生可能エネルギー・観光・金融・先端技術といった分野への経済多角化を急速に進めている。2025年の経済成長率は4.2%に達する見通しであり、これは2024年の2.1%から倍増するものである。この成長は、国家主導の投資政策、非石油部門の振興、およびサプライチェーンの強化などによって支えられている。
中国は既に一帯一路(BRI)やグローバル開発イニシアティブ(GDI)を通じて、ASEANおよびGCCにおけるインフラ整備、エネルギー、物流、通信技術、文化交流において多くの実績を残している。また、中国は完全な産業システムと広大な内需市場を有し、対外協力においては技術移転、金融支援、サプライチェーン統合の3点で突出している。
3.「黄金の三角形」:役割分担と世界経済への貢献
本サミットにおける三者の協力は、Julia Roknifard講師が表現した通り、「資源(GCC)」「製造(中国)」「消費市場と若年労働力(ASEAN)」という形での分業構造を成しており、これを「黄金の三角形(Golden Triangle)」と称している。
この枠組みは、米国の通商政策(高関税)によるグローバルなサプライチェーン分断の中で、代替的かつ持続的な協力体制として注目を集めている。特に、ASEANとGCCは、中国の技術力と資本を活用することで、エネルギー・物流・再生可能エネルギー・EV・デジタルインフラなど多岐にわたる分野で相乗効果を発揮し得るとされる。
4.保護主義に対する対応:米国の関税政策と南南協力
IMFは2025年の世界経済成長率を、1月の見通しから0.5ポイント下方修正し、2.8%とした。この背景には、米国による「前例のない規模の関税措置」が存在する。これに対しASEAN経済大臣は、特別会合において「世界貿易・投資・サプライチェーンの広範な混乱」を警告し、協調行動の必要性を明確に表明している。
GCC諸国においても、非石油輸出品220億ドル相当が米国市場へのアクセス障害の影響を受ける可能性があり、特にバーレーン(アルミ・化学製品)およびアラブ首長国連邦(第三国からの再輸出)が懸念されている。
このような中、ASEAN・中国・GCCは、グローバル・サウス全体への協力拡大の模範として機能することが期待されている。BRICAP代表ブン・ナガラ氏は、「我々の協力は、アフリカや中南米を含む他の発展途上地域にも利益をもたらす」と述べ、相互利益による連携拡大の可能性を強調している。
5.実績と制度化への動き:過去の合意と将来展望
中国とASEAN、GCCはすでに複数の協力枠組みを通じて関係強化を図っている。
2023年10月:サウジアラビア・リヤドで初のASEAN-GCCサミットを開催。安全保障、経済、観光、文化に関する「2024〜2028年協力枠組み(Framework of Cooperation)」を採択。
2022年12月:中国とGCCの初のサミットを開催。中国はGCCとの間で、エネルギー、科学技術、金融、宇宙、文化交流における重点協力を打ち出した。
2025年:中国とASEANは「中国・ASEAN自由貿易圏(CAFTA)」のバージョン3.0に関する交渉を完了。年内の正式署名を目指す。
これらの制度的枠組みは、三者が共有する長期的な開発戦略と一致しており、今後のサミットでは、それらを基盤とした新たな共同イニシアティブの立ち上げが期待される。特に、クリーンエネルギー、デジタル技術、EV産業、AI応用、越境金融サービスなど、次世代産業分野での政策連携と資本の流動化が重要なテーマとなる見込みである。
以上の通り、本サミットおよび三者協力は、世界経済の不確実性を緩和するための実践的かつ制度的な対応策として、多方面において注目を集めている。従来の北-南構造とは異なる、南-南連携による「自律的経済圏」の形成という視点からも、本協力の展開は今後の国際経済秩序に対する重要なインパクトを有すると言える。
【要点】
1.サミットの概要と目的
・ASEAN(東南アジア諸国連合)・中国・GCC(湾岸協力会議)による初の三者サミットが2025年5月末にマレーシアで開催される予定である。
・本サミットは、貿易・投資・サプライチェーン、クリーンエネルギー、デジタル経済、インフラ開発などの分野で協力を深化させる目的を持つ。
・不確実性の増す世界経済に対し、三者による協力は安定と成長をもたらす枠組みとなることが期待されている。
2.各地域の特徴と経済的補完関係
・ASEANは10か国で構成され、若年人口、資源、労働力を強みとする成長市場であり、世界の供給網における中核的地位を占める。
・GCCは石油依存からの脱却を進め、非石油分野・再生可能エネルギーへの投資により、2025年の成長率は4.2%に達する見通しである。
・中国は消費市場の巨大さ、産業基盤の完全性、インフラ・技術・資金面の支援力により、ASEAN・GCCとの協力において要となる。
・三者は「資源(GCC)」「製造と資本(中国)」「市場と労働力(ASEAN)」という互補的構造を持ち、「黄金の三角形」を形成する。
3.世界経済の背景と保護主義への対応
・米国の前例なき関税措置により、世界の貿易・投資・サプライチェーンに深刻な混乱が生じている。
・IMFは2025年の世界成長率見通しを2.8%に下方修正し、米国の関税政策を主要因の一つとして挙げている。
・ASEAN経済相は共同声明で、米国の関税がグローバル経済に及ぼす悪影響に強い懸念を示した。
・GCCも米国への非石油輸出が最大220億ドル規模で影響を受ける恐れがあり、特にバーレーンとUAEが懸念対象となっている。
4.南南協力としての国際的意義
・中国・ASEAN・GCCは、いずれもグローバル・サウスに属する経済体であり、協力成功の事例として他の途上国(アフリカ・中南米)に波及効果をもたらし得る。
・これらの国々の連携は、自律的かつ協調的な南南経済圏の形成を促進し、世界貿易の持続可能性を下支えする役割を果たす。
5.過去の協力実績と制度化への動き
・2023年10月:リヤドにて初のASEAN-GCCサミット開催、協力枠組み(2024~2028年)を採択。
・2022年12月:中国・GCC首脳会談を実施し、エネルギー・金融・技術・文化などでの重点協力を確認。
・2025年:中国・ASEANは自由貿易圏「CAFTA 3.0」の交渉を完了し、年内の署名を目指している。
6.今後の協力分野と展望
・クリーンエネルギー(太陽光・水素・グリーン水素など)
・デジタル経済(クラウド、AI、5Gインフラ)
・電気自動車(EV)とスマートモビリティ
・サプライチェーン統合と物流最適化
・金融市場の相互接続および国際決済の円滑化
・文化・教育・観光分野での人材・知識交流
【桃源寸評】💚
本サミットおよび三者協力は、世界経済の不確実性を緩和するための実践的かつ制度的な対応策として、多方面において注目を集めている。従来の北-南構造とは異なる、南-南連携による「自律的経済圏」の形成という視点からも、本協力の展開は今後の国際経済秩序に対する重要なインパクトを有すると言える。
ASEAN・中国・GCCの三者協力は、多極化が進む世界経済において新たな成長極を形成する動きであり、制度化・長期化の方向へと展開している。
G7・米国の「取り残され現象」が生じうる要因
1. 脱ドル・脱西側主導の貿易圏構築
・中国や湾岸諸国は、人民元やデジタル通貨など非ドル建て決済のインフラを整備中であり、三者貿易がドルに依存せずとも回る経済圏が成立しつつある。
・G7が排除された決済・金融ネットワークが形成されれば、国際金融における米国の覇権が揺らぐ。
2. エネルギー・サプライチェーンの再編
・GCCは再生可能エネルギー分野で中国・ASEANと急速に連携しつつあり、これまで欧米が握ってきたエネルギー需給の主導権が移行する可能性がある。
・米国の関税政策が逆にサプライチェーンの「脱米国化」を招き、主要な輸出入路から排除されるリスクがある。
3. 「関税孤立」による貿易地図の変形
・米国の強硬な関税政策は、世界貿易の多国間主義から一国主義へと反転し、自国経済の孤立化を加速させる要因となっている。
・一方、ASEAN・中国・GCCは域内・相互接続型の貿易ネットワークを拡大させており、比較的自由な経済圏が米国を迂回して発展する構図となっている。
4. グローバル・サウスの連携強化
・三者協力の成功モデルは、アフリカ・中南米諸国の模倣・追随を呼び起こし、「脱G7的」な南南協力体制が拡大する可能性がある。
G7が主導してきた国際経済秩序(WTO、IMF、世界銀行等)の相対的影響力は今後さらに低下しうる。
5. 技術覇権における挑戦
・中国はインフラ、通信(5G/6G)、AI、EV、グリーンテック等で急速に影響力を伸ばしており、これをASEANやGCCが受け入れる構図となっている。
・米国が技術で依然先行する分野もあるが、相手陣営が市場規模と実装スピードで勝る場合、技術的優位も空洞化する恐れがある。
6.G7の「相対的な周縁化」
・米国を中心としたG7は、依然として経済規模・技術力・通貨の信用といった面で強力であるが、その影響力は絶対的なものから相対的なものへと変容しつつある。
・とくにASEAN・中国・GCCの協力が「制度的・継続的・包括的」である場合、G7が世界経済の中で中心ではなく一極として位置づけられる新しい多極秩序が出現する可能性が高い。
よって、G7(特に米国)が「取り残される」というよりも、「主導権の一角を明け渡し、再配置される」と理解するのが適切である。
中国が製造大国ナンバーワンであるという事実の国際的影響
1. 産業供給網の完結性と即応性
・中国は原材料の調達から部品生産、組み立て、輸送に至るまで、ほぼ全ての製造プロセスを自国内で完結できる体制を構築している。
・各国は中国とのみ連携することで、製品設計から市場投入まで一貫した供給体制を築くことが可能となっている。
2. コストとスケーラビリティにおける優位
・製造コストの低廉さ、規模の経済、生産スピードにおいて、中国は依然として世界トップの競争力を有する。
・他国が製造を米国や西側諸国に依存する必要がなくなり、「米国抜きの生産と取引」が現実的な選択肢となっている。
3. インフラと物流の高度化
・一帯一路構想(BRI)を通じて、中国は鉄道・港湾・高速道路など製品輸送の国際インフラを各地に整備し、自国製品の即時展開が可能となっている。
・物流の要衝を押さえているため、他国は米国経由での調達や流通に依存しなくてもよくなっている。
4. デジタル製造と技術共有の加速
・中国はスマートファクトリー、AI、生産ロボット等の高度製造技術においても著しい進展を遂げており、途上国ともこれを共有・移転している。
・米国が囲い込み的な技術外交を進める中で、中国は「開かれた製造技術提供国」としての印象を強めている。
5. 中国=「製造のOS化」
・かつての「Windowsなしでは仕事ができない」状態が、中国の製造業でも再現されつつある。
・世界中の工業製品・部品・装置が中国と何らかの形で関係しており、「脱中国」は事実上、経済合理性に反する動きとなっている。
6.米国の「不要性」が現実化しつつある
・米国が持っていた「不可欠な存在」という立場は、製造・物流・価格競争・実行スピードといった実務的な面において、中国に置き換えられている。
・経済的な意味での「米国不要論」は、特にグローバル・サウスや新興国、さらには一部の先進国にも浸透し始めており、G7中心の世界観が機能不全に陥っている兆候といえる。
もちろん、安全保障や先端技術、金融通貨体制などでは依然として米国の影響力は大きいが、「日々の経済活動」においては「米国抜きで成り立つ世界」がもはや例外ではなく、新たな常態(ニューノーマル)となりつつある。
HarmonyOS搭載パソコンの開発の意義
1. IT主権の確立
・HarmonyOSは中国が独自開発したオペレーティングシステムであり、米国製OS(WindowsやmacOS)への依存を脱却する試みである。
・パソコン分野への展開は、国家のデジタル主権確保を意味する。
2. 中国製PCの完全内製化
・Huaweiなどの企業が国産CPU(例:Kunpeng、Loongson)、国産OS(HarmonyOS)、国産基板・SSD・ディスプレイと統合し、「完全中国製」のPC開発を進行中。
・軍事・政府機関・重要インフラ・教育機関向けに導入が進む。
3. 米国の制裁への対抗手段
・ファーウェイなど中国IT企業が米国の輸出規制を受けたことで、代替技術の必要性が急速に高まった。
・HarmonyOSはその一環であり、米国の制裁効果を限定的にする「技術的自立の象徴」ともいえる。
4. エコシステムの統合
・スマートフォン、タブレット、IoT家電、PC、車載システムをHarmonyOSで統一することで、「シームレスなユーザー体験」と「ソフトウェア主導の制御経済圏」を構築。
・Apple型の「垂直統合モデル」に中国版で対抗しようとしている。
5. グローバル・サウスへの展開戦略
・WindowsやAndroidのライセンス料を回避できるため、低価格端末を求める発展途上国向け市場において競争力がある。
・特にアフリカ、中東、東南アジア諸国では「非米IT圏」の選択肢として普及余地がある。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
ASEAN-China-GCC cooperation to inject certainty into global economy GT 2025.05.25
https://www.globaltimes.cn/page/202505/1334758.shtml