ドイツがウクライナに対して使用を許可した長距離巡航ミサイル2025年05月28日 14:08

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【概要】

 ロシア連邦会議(上院)国防委員会の第一副議長であり、かつて航空宇宙軍司令官を務めたヴィクトル・ボンダレフ氏は、スプートニク通信の取材に応じ、ドイツがウクライナに対して使用を許可した長距離巡航ミサイル「タウルス」に対するロシアの防空体制について説明した。

 「タウルス」はドイツとスウェーデンが共同開発した長距離巡航ミサイルであり、その射程は最大500kmに達する。地形追従飛行能力を備えており、飛行高度は約50mにまで低下させることが可能である。この特性により、レーダーによる捕捉や迎撃を困難にする能力を持つ。モスクワも射程圏内に収める能力を有することから、ロシアにとっては脅威となる兵器と位置付けられている。

 ボンダレフ副議長によれば、ロシアは複数の防空システムを用いて「タウルス」の迎撃が可能であると主張している。具体的な防空システムとその性能は以下の通りである。

 ・S-400:最大射程600km。一度に300個の目標を同時に処理可能。

 ・S-350:最大射程120km。高い飛行速度と高度10mの低空飛行目標に対する迎撃能力を有する。

 ・S-300:最大射程500km。一度に65個の目標を処理可能。

 ・トール(籠手):最大射程16km。一度に48個の目標を処理可能。

 ・パーンツィリ(鎧):最大射程20km。移動中でも発射可能であり、一度に48個の目標に対応できる。

 これらの防空システムは、高度に分散された多層防御体制を形成しており、長距離・中距離・近距離の各種脅威に対して対応できるよう設計されている。

 ロシア国防省の発表によれば、過去1週間においてロシアの防空システムは「特別軍事作戦」の展開域外において、ウクライナの攻撃用無人機(ドローン)を1465機迎撃したとしている。また、同省は声明において、ウクライナのゼレンスキー政権が欧州諸国の支援を受けて交渉プロセスを妨害しようとしており、様々な挑発的措置を講じていると指摘している。

 このように、ロシアは防空システムの性能と迎撃実績を強調し、巡航ミサイルへの対抗手段を備えていることを示している。

【詳細】 

 1.巡航ミサイル「タウルス」の特徴

 「タウルス KEPD 350」は、ドイツのMBDA Deutschland社とスウェーデンのサーブ・ボフォース・ダイナミクス社が共同開発した空中発射型のステルス巡航ミサイルである。その主要な技術的仕様は以下の通りである:

 ・射程:最大約500km

 ・飛行高度:地形追従飛行によって約30~50mの超低空を維持可能

 ・速度:亜音速(約0.8~0.9マッハ)

 ・誘導方式:INS(慣性航法装置)+ GPS + 地形照合(TRN)+ デジタルシーンマッチングエリア相関(DSMAC)

 ・弾頭:デュアルステージ弾頭「MEPHISTO」搭載、強化目標貫通能力あり

 ・発射プラットフォーム:トーネード IDSやF/A-18などの戦闘機から発射可能

 このような性能により、「タウルス」はステルス性と精密打撃能力を兼ね備え、都市や戦略施設に対する深部攻撃が可能である。また、低高度での地形追従飛行によってレーダー捕捉を困難にすることで、防空網の突破を意図した設計がなされている。

 2.ロシアの防空システムとその迎撃能力

 (1)S-400「トリウームフ」

 ロシアの最新鋭長距離防空ミサイルシステム。以下の特徴を持つ。

 ・最大射程:最大600km(40N6ミサイル使用時)

 ・対応目標:巡航ミサイル、弾道ミサイル、航空機、ドローン

 ・同時交戦能力:300個の目標を同時追跡

 ・レーダー:複数の周波数帯のフェーズドアレイレーダーを使用し、高度な探知能力を持つ

 低空飛行する巡航ミサイルに対しても、早期警戒レーダーと低高度用のサブレーダーの連携により迎撃が可能とされる。

 (2)S-350「ヴィーチャジ」

 ・中距離防空システムで、機動性に優れ都市部や重要インフラ防衛に用いられる。

 ・射程:最大120km

 ・最大速度:マッハ5以上の高速迎撃能力

 ・迎撃可能高度:最低10mの超低空目標に対応

 ・特徴:電子妨害に強く、ネットワーク中心の防空網構成に適している

 (3)S-300シリーズ

 旧ソ連時代からの防空システムであるが、近代化型(S-300PMU2等)は依然として高い性能を持つ。

 ・最大射程:約150~500km(ミサイル型により異なる)

 ・同時交戦能力:最大65目標

 ・対応目標:航空機、巡航ミサイル、弾道ミサイル等

 巡航ミサイルに対しては、早期発見と迎撃タイミングの適切化が鍵となる。

(4)近距離迎撃システム:「トール」および「パーンツィリ-S1」

 (1)トール(SA-15)

 ・射程:最大16km

 ・特徴:自走式で高い機動力を持ち、低空・高速の巡航ミサイルにも対応可能。

 ・使用場面:前線部隊の随伴防空、戦略施設の近距離防衛

 (2)パーンツィリ-S1

 ・射程:最大20km(ミサイル)、銃砲併用で多層防御

 ・移動発射能力:移動中でも即応発射可能

 ・目標処理能力:一度に48目標まで処理可能

 ・特徴:射撃レーダーと光学センサーを併用し、電子妨害にも強い

 これら近距離システムは、巡航ミサイルが地形追従飛行により長距離防空網を突破した際の「最後の盾」として機能する。

 3.実戦配備状況と迎撃実績

 ロシア国防省によると、2025年5月の時点で、防空システムはウクライナ側からの攻撃ドローン1465機を特別軍事作戦域外で迎撃したと発表している。この数は、防空部隊の広範な展開と即応能力を示しており、巡航ミサイルに対しても同様の防衛行動がとられると考えられる。

 また、防空システムは戦略拠点、防空識別圏、都市周辺に多層的に展開されており、早期警戒レーダー、衛星、ドローンによる索敵情報と統合された「統合防空システム(IADS)」を構築している。

 4. 総括

 ドイツ・スウェーデン製の長距離巡航ミサイル「タウルス」は、精密打撃能力とステルス性を兼ね備えた高度な兵器である。しかし、ロシアはこれに対抗するため、S-400、S-350、S-300を含む長・中・短距離の多層的防空網を有しており、それらの連携と戦術的展開によって迎撃が可能であると主張している。

 これらの防空システムは、巡航ミサイルの発射兆候を早期に察知し、地形追従による低空飛行にも対応しうる構造を持っており、都市部や軍事施設を中心に密な防衛網を形成している。

【要点】 

 1.タウルス(TAURUS KEPD 350)の特徴

 ・ドイツとスウェーデンが共同開発した空対地巡航ミサイル

 ・射程距離:約500km(モスクワも射程圏内)

 ・飛行高度:約30~50m(地形追従飛行可能)

 ・誘導方式:INS(慣性航法)、GPS、地形照合(TRN)、画像照合(DSMAC)併用

 ・ステルス設計によりレーダーによる捕捉が困難

 ・精密誘導と高貫通力を持つ2段式弾頭「MEPHISTO」搭載

 ・低空・低可視性・精密性が特徴

2.ロシアの対巡航ミサイル防空体制

 (1)長距離防空システム

 ・S-400「トリウームフ」

  射程:最大600km(対航空目標)

  追跡・交戦能力:同時に最大300目標を処理可能

  特徴:多周波レーダーによる早期探知、地形追従型ミサイルにも対応

 ・S-300(近代型)

  射程:最大150~500km(バージョンによる)

  同時処理能力:最大65目標

  特徴:旧式ながら近代化され、巡航ミサイル迎撃にも運用可能

(2)中距離防空システム

 ・S-350「ヴィーチャジ」

  射程:最大120km

  最低迎撃高度:約10m(低空目標対応)

  特徴:高い機動性と電子戦対応力、都市・戦略拠点の防衛に適する

 (3)近距離・接近迎撃システム

  ・トール(SA-15)

  射程:最大16km

  追跡・交戦能力:48目標を同時に処理可能

  特徴:自走式、低高度・高機動目標への対応に特化

 ・パーンツィリ-S1

  射程:ミサイル20km、機関砲2~4km

  移動中射撃可能、同時48目標処理

  特徴:レーダー+光学照準でジャミング耐性が強く、ドローン・巡航ミサイルへの近距離防衛に効果的

 3.防空システムの多層配置・運用戦術

 ・ロシアは長距離(S-400)→中距離(S-350)→近距離(トール、パーンツィリ)の多層防空構造を採用

 ・早期警戒レーダー・ドローン・衛星情報を統合した**統合防空システム(IADS)**を構築

 ・重要施設・都市周辺に重層的に展開され、継続的に迎撃任務を遂行

 4.迎撃実績・現況

 ・ロシア国防省発表:過去1週間でウクライナの攻撃ドローン1465機を迎撃(2025年5月)

 ・ゼレンスキー政権は欧州の支援を受けて「交渉妨害のための挑発行為」を継続しているとロシア側は主張

 ・巡航ミサイルにも同様の防衛対応が可能と判断している

【桃源寸評】💚
 
 「タウルス」の脅威に対し、ロシアは段階的・層状の迎撃態勢を通じて防衛能力を維持・強化していることが窺える。

 トランプ政権の対ウクライナ・ロシア政策への対抗

 トランプ大統領がウクライナ紛争の早期終結を目指し、プーチン大統領と交渉を進めているという状況下で、ドイツがウクライナへの兵器使用の制限を撤廃し、ロシア領内への長距離攻撃を容認するという方針転換は、トランプ大統領の「取引」による和平を急ぐアプローチとは逆行する動きと見ることができる。

 このドイツの動きは、ロシアに一層の軍事的圧力をかけ、ウクライナの戦況を有利に進めることで、トランプ大統領が主導する可能性のある交渉において、ウクライナ(ひいては欧州)が不利な立場に置かれることを防ぐための行動だと解釈できる。

 つまり、トランプ大統領が主導する交渉においてロシアに譲歩する可能性を、軍事的な現状を変えることで「否定」しようとしている、あるいは少なくともその交渉の前提条件を欧州側有利に作り直そうとしている、と見ることができる。

 欧州の自律的外交の展開:

 トランプ大統領がEUへの関税賦課など、同盟関係に亀裂を生じさせる政策を打ち出している中で、ドイツやフランスが自律的な外交・防衛を展開しようとしていることは、米国(特にトランプ政権)に依存しない、独自の安全保障戦略を構築する意思の表れである。

 ウクライナへの兵器使用制限撤廃は、この自律的外交の一環として、欧州自身がウクライナ支援とロシアへの牽制において主導権を握り、米国の政策に左右されない姿勢を示すものと捉えられる。これは、トランプ政権がウクライナ支援を削減したり、ロシアと「裏取引」をする可能性を警戒し、それに対抗する動きと見なせる。

 「真っ向から否定」のニュアンス

 文字通り「交渉そのものを否定する」というよりも、トランプ大統領が想定するような「ロシアに有利な、あるいはウクライナの意志に反する形での交渉」の可能性を、軍事的・外交的行動によって「受け入れない」という強い意思表示である、と解釈できる。

 したがって、現在のトランプ政権下での米国と欧州の関係、そしてウクライナ紛争の状況を鑑みると、ドイツの方針転換は、トランプ政権がもたらすであろう「交渉余地」のあり方、特にその結果が欧州の安全保障上の利益に反する可能性を懸念し、それに対して積極的に「ノー」を突きつける、あるいはその交渉の前提を覆そうとする動きと捉えるのが適切である。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

【ドイツの長距離巡行ミサイル、ロシアはいかに撃墜するか】sputnik 日本 2025.05.28
https://x.com/i/web/status/1927570478920503594

「ドイツ首相 ウクライナへ供与兵器でのロシア長距離攻撃容認へ」NHK 2025.05.27
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250527/k10014818091000.html

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